リーガの「サラリーキャップ」は給料の上限ではない——上限がマイナスになる制度をゼロから説明する
リーガ・エスパニョーラのサラリーキャップ(LCPD)は、クラブごとに額が違い、給料以外も含み、破ると選手を登録できない。レアルの7.6億ユーロとバルサのマイナス1.4億ユーロ、メッシ退団、オルモ問題まで、LaLiga の規則原文をもとにゼロから整理します。
目次
はじめに:上限が「マイナス1億4,400万ユーロ」だった話
LaLiga が公表している 2021/22 シーズンの一覧には、1部クラブの上限額が並んでいます。
レアル・マドリードの欄には 739,163 と印字されています。
単位は千ユーロなので、7億3,916万ユーロです。
その表のバルセロナの欄、冬の列には、こう印字されています。
−144,353。
マイナス1億4,435万ユーロ。
誤植ではありません。
その年の冬、バルセロナに割り当てられた上限は、マイナスの数字でした。
「サラリーキャップ」を「チーム全体の給料の合計にかかる上限」だと思っていると、この数字は意味不明です。
上限がマイナスとは、どういうことなのか。
なぜレアル・マドリードとバルセロナで、そもそも額が違うのか。
この記事は、そこを説明します。
「給料の上限」だと思っていると説明がつかない3つのこと
先に、この記事で解けることを並べておきます。
ひとつめ。額がリーグ共通ではありません。
上限はクラブごとに毎年計算され、一つひとつ違う金額が割り当てられます。
2025/26 シーズンの冬の公表値でいえば、レアル・マドリードが7億6,122万ユーロ、レバンテが1,744万ユーロです。
同じリーグ、同じシーズンで40倍以上の開きがあります。
ふたつめ。マイナスになります。
規則そのものが「計算するとマイナスになる場合」を想定した条文を持っています。
2021/22 冬のバルセロナは、その条文が現実になった例です。
みっつめ。破っても勝ち点は引かれません。
起きるのは「選手を登録できない」ということです。
プレミアリーグのエヴァートンやノッティンガム・フォレストのような、順位表が動く処分はリーガの経済統制には出てきません。
プレミアリーグを中心に見ている方なら、「お金のルール」といえば PSR や SCR を思い浮かべると思います。
リーガの制度は、あれとはかなり違う発想でできています。
どう違うのかは第7章でまとめて扱うので、まずはリーガの側だけを見てください。
話の起点は、あの声明です
2021年8月5日、バルセロナはリオネル・メッシとの契約が結べないという声明を出しました。
理由として書かれているのは、たった一言です。
A pesar de haberse llegado a un acuerdo entre el FC Barcelona y Leo Messi y con la clara intención de ambas partes de firmar un nuevo contrato en el día de hoy, no se podrá formalizar debido a obstáculos económicos y estructurales (normativa de LaLiga española).
読みどころは括弧の中で、「経済的・構造的な障害(スペインの LaLiga の規則)」としか書かれていません。
制度の名前は一度も出てこない。
同じ日の英語版はもう一歩踏み込んでいて、この部分が "Spanish LaLiga regulations on player registration"、つまり「選手登録に関する規則」になっています。
その「規則」は公開されていて、誰でも条文を読めます。
この記事が引くのは、その原文と、LaLiga 自身が公表している数字、それに官報の法律だけです。
数字には時点があって、公表されている最新は 2025/26 シーズンの冬(2026年3月3日更新)、2026/27 の上限はまだ出ていません。
読み終わるころには、「バルサが選手を登録できない」「上限が◯億ユーロに回復した」といった見出しを、どの条文の話なのかで仕分けられるようになるはずです。
まずは、その規則がどこにあるのかから始めます。
第1部 仕組み編:上限はどう決まり、破るとどうなるのか
第1章 ルールはどこに書いてあるのか
声明が言う「LaLiga の規則」は、1冊の本ではありません。
LaLiga はリーグの運営団体で、加盟する1部・2部のクラブに対する規則を自分で作っています。
そのうち「お金の規則」は2つの層に分かれていて、この記事が扱うのは片方だけです。
ひとつめが、事後の統制です。
LaLiga の一般規程の第10巻に「経済統制規則」という章があり、これが本体です。
見るのは監査の済んだ決算で、判断するのは経済統制委員会という組織。
決算が出てから、規則に反していなかったかを調べる仕組みです。
ふたつめが、事前の統制です。
こちらは「予算作成規範」という別の規則集で定められています。
以後 NEP と呼びます。
見るのは決算ではなく予算で、判断するのは予算検証機関という別の組織です。
この記事の主題は、ふたつめのほうです。
2つの層があるというのは、あとから整理した話ではありません。
2014年5月21日に承認された経済統制規則の表紙には、「事後の経済統制」と印字されています。
わざわざ「事後」と書いてあるということは、事前のものが別にあるということです。
正式名称に「サラリー」も「キャップ」も入っていない
日本語でも英語でも「リーガのサラリーキャップ」と呼ばれているものの正式名称は、Límite de Coste de Plantilla Deportiva です。
直訳すると「競技選手団コストの上限」。
この記事では以後、頭文字をとって LCPD と書きます。
LaLiga 自身がつけている英語名は Squad Cost Limit で、公表される一覧の列見出しも "SCL Summer Transfer Market" / "SCL Winter Transfer Market" となっています。
「夏の移籍市場のスカッドコスト上限」「冬の移籍市場のスカッドコスト上限」ということです。
そして、NEP の条文の中に「サラリーキャップ」にあたる言葉は出てきません。
スペイン語の tope salarial も、英語の salary cap も使われていない。
給与という語が出てくる箇所はありますが、それは「給与としての報酬」というコスト項目の名前として使われているだけです。
「サラリーキャップ」は完全に通称です。
そして通称のほうが、中身を取り違えさせています。
給料だけを数えているわけではない
では、この上限は何を数えているのか。
条文が並べている項目は、a) から n) まで14個あります(第39条)。
最初の a) は、予想どおり給料です。
現金でも現物でも、固定でも変動でも、選手と監督・コーチ陣の報酬は全部入ります。
a) Las retribuciones salariales, dinerarias o en especie (vivienda, vehículos, viajes, etc.) […] de todos y cada uno de Jugadores y Técnicos de la Plantilla Deportiva Inscribible.
ここまでは「サラリーキャップ」という呼び名のとおりです。
ところが b) 以降で、話は給料から離れていきます。
b) は肖像権の使用料。
本人が受け取る分だけでなく、肖像権を持たせた会社が受け取る分も数えます。
c) は移籍金です。
正確には、選手を獲得するために払った代金を契約年数で割って、毎年少しずつコストに乗せる「償却」の分。
しかも割る年数は最長5シーズンと決められています。
1億ユーロで6年契約の選手を買っても、6年では割れません。
5年で割って、毎年2,000万ユーロずつ上限を食います。
実際の移籍で数えてみます。
2026年5月29日、バルセロナはニューカッスルからアンソニー・ゴードンを獲得したと発表しました。
契約は5シーズン、2031年までです。
移籍金は公式には出ておらず、報道では7,000万〜8,000万ユーロとされています。
仮に7,000万ユーロだったとすると、5シーズンで割って年1,400万ユーロ。
この額が、活躍した年も負傷で出られなかった年も、契約が終わるまで毎年上限を食い続けます。
前の年にマンチェスター・ユナイテッドから加入したマーカス・ラッシュフォードは、2026年6月30日までの期限付き移籍でした。
期限付きで受け入れた選手には、この償却が乗りません。
乗るのは、クラブが負担する報酬などです。
ただし買取オプションが付いていて、予算検証機関が「買うことになる可能性が非常に高い」と判断した場合は、買取価格の年25%以上をその年のコストに算入する、という条文があります。
オプションを使うと決める前から、上限のほうは動きうるということです。
ここで、ラッシュフォードを買い取っていた場合はどうだったか、同じやり方で数えてみます。
買取オプションの価格は、報道では3,000万ユーロとされていました。
仮にこの額で買い取っていたら、償却は5年契約で年600万ユーロ、3年契約でも年1,000万ユーロ。
どちらの置き方でも、ゴードンの年1,400万ユーロを下回ります。
給料のほうは、ゴードンがニューカッスル時代からほぼ倍増、ラッシュフォードがユナイテッド時代から大幅減俸と報じられていて、媒体ごとに数字の幅はあるものの、桁が変わるような差ではありません。
報じられた給料まで上乗せすると、どちらを選んでも毎年2,000万〜3,000万ユーロ規模——バルセロナの直近の上限(2025/26冬の公表値で4億3,280万ユーロ)の5〜7%ほど——が埋まる計算になります(報道の給料は手取りか総額かが媒体によりまちまちなので、あくまで規模感です)。
移籍金の額面では4,000万ユーロ以上の開きがあるのに、毎年上限に乗る額で比べると、ふたりの差はずっと小さい。
償却という数え方は、こういうふうに景色を変えます。
もちろん、上限の計算だけで選手獲得は決まりませんし、クラブも当事者も、ゴードンを選んだ理由を上限で説明してはいません。
ただ、当時の報道には、若いフォワードを獲り直してもコストは大して変わらず、伸びしろの分だけ得だという見方がありました。
ふたりを比べた報道が挙げていたのは、守備での貢献とプレスの強度です。
上限の側から見た差がこの程度なら、決め手は財布ではなく、守備でも走り回れるかどうか——だったのかもしれません。
d) は社会保険料のクラブ負担分。
そして l) が代理人への手数料です。
このほか、契約解除の補償金、期限付き移籍で送り出した選手のうちクラブが負担している分、成績達成の集団ボーナス、連盟へのライセンス手数料まで、リストは続きます。
逆に上限を減らす方向に働く項目はひとつだけで、トップチームの選手を貸し出して得た収入です。

LCPD に入るもの、差し引かれるもの、そして「同じクラブでも別枠」に置かれるもの。条番号は 2025年6月19日版の NEP。
つまり、上限がかかっているのは給料ではなく「チームを組むためにかかるお金のほぼ全部」です。
「サラリーキャップ」という名前は、この範囲を大幅に狭く見せています。
監督は入る。ただし「クラブの全職員」ではない
では、誰にかかる上限なのか。
条文が「登録可能な選手団」と呼ぶのは、1部・2部のチームに登録する(した)選手と、監督、アシスタントコーチ、フィジカルコーチ、および同等の職務のスタッフです(第38条)。
ここは正確に読む必要があります。
入るのはベンチに座る側のスタッフだけで、クラブの職員全員ではありません。
広報も、経理も、スタジアムの運営も、この上限の中には入っていません。
そしてもうひとつ、契約はあるけれど LaLiga にも連盟にも登録されていない選手・スタッフも、同じ条文で対象に入れられています。
「登録していないから数えなくていい」という逃げ道は、最初から塞がれています。
Bチームと下部組織と女子チームは「別枠」
ここが、この制度でいちばん誤解されている部分かもしれません。
いま見た条件に当てはまらない選手・スタッフは、すべて「登録不可能な選手団」に分類されます。
Bチームも、下部組織も、こちらです。
11人制サッカー以外の競技部門と、女子サッカーの選手団コストも、こちら側に入ります(第35条)。
計算に使う項目は両者で同じで、違うのは枠だけです。
つまり、クラブの「選手団コスト」は最初から2つに割れています。
トップチーム側が「登録可能」、それ以外が「登録不可能」。
そして報道が「バルサのサラリーキャップは◯億ユーロ」と書くときの数字は、登録可能な選手団のほうの上限です。
「下部組織を削れば、その分トップチームに回せる」わけではない
ここで自然に浮かぶ疑問があります。
2つに割れているなら、片方を削ればもう片方が増えるのか。
条文はそうさせません。
選手団コスト全体のうち、登録可能分が占めてよい比率そのものを、予算検証機関がクラブごと・シーズンごとに割り当てます(第35条)。
しかも原則として、そのシーズンの比率は2シーズン前に実際に生じた比率を超えられません(第36条)。
上限として割り当てられるのは、金額だけではないということです。
「総額の上限」「トップチーム分の上限」「両者の比率」の3点セットで縛られていて、下部組織を急に削ってトップチームに寄せる動きは、比率の側で止まります。
第2章 上限はどう決まるのか
何が上限に数えられるかは分かりました。
残る問いは、その上限の額がどこから出てくるのかです。
バルセロナの上限がマイナスまで落ちた理由も、ここにあります。
結論を先に言うと、リーガの上限は夏の移籍市場が開く前に、もう決まっています。
決算を待って後から判定するのではなく、シーズンが始まる前に、クラブごとの金額を確定させてしまう。
これが「事前」の意味です。

上限が決まるまでの手順と、その入口にある「予算均衡点」。日付も条文で決まっている。
4月30日と6月20日
日付まで条文が決めています。
Tシーズンの予算一式は、T-1シーズンの4月30日までに LaLiga へ提出する(第27条)。
2026/27 シーズンの予算なら、2026年4月30日が締切ということです。
そして予算検証機関は、原則として T-1シーズンの6月20日までに、受理するかしないかを決めます(第55条)。
夏の移籍市場が本格的に動き出すより前に、審査は終わっています。
クラブが選手を買いに行くとき、自分の上限がいくらなのかは、もう分かっている。
リーガの経済統制が「事後に罰する」形にならないのは、まずこの日付があるからです。
上限を決めるのは3人
その審査をするのが予算検証機関です。
呼び名は委員会ではなく「機関」で、実体は3人しかいません(第111条)。
LaLiga の会長が任免し、LaLiga の内部機関が出席者の3分の2以上で承認します。
任命の条件も条文にあります。
加盟クラブの役員や従業員は、この機関のメンバーになれません。
任命の2年前までさかのぼって、該当していた人もなれない。
そして経済統制委員会のメンバーも兼ねられません。
ここは押さえておく価値があります。
予算を審査して上限を決める側と、違反を裁く側は、別々の組織です。
前者が予算検証機関、後者が経済統制委員会。
このあと両方が出てくるので、混ぜないでください。
割り当てられるのは「3つの数字」
審査を通ると、予算検証機関がクラブに3つを割り当てます(第62条)。
選手団コスト総額の当初上限、登録可能分の当初上限、そして両者の最大比率。
第1章の最後で見た3点セットは、この条文のことです。
注目してほしいのは、2つめの上限を条文が絶対額で割り当てると書いていることです。
収入の何パーセント、という比率ではありません。
金額そのものが決まります。
入口にある「予算均衡点」
では、その金額はどうやって出てくるのか。
よくある説明は「収入から支出を引いた残りが上限になる」というものですが、条文にそういう引き算の式は書かれていません。
書かれているのは二段構えの手続です。
まず、予算が「予算均衡点」という要件を満たしていること。
そのうえで、その予算を前提に、予算検証機関が上限額を割り当てること(第42条)。
均衡点の計算式には、ひとつ変わったところがあります。
式がリーグ共通ではなく、クラブを破産手続の状況で分類して、グループごとに別々に定められているのです。
なぜそんな設計になっているのかは第6章で扱います。
破産手続を一度も経験していないクラブ、条文でいうグループAの均衡点は、11項目の足し引きが0以上になることで判定されます(第44条)。
プラス側に来るのは、2シーズン前と1シーズン前の黒字、そのシーズンの予算上の損益、算入できる出資。
マイナス側に来るのは、過去2シーズンの税引前赤字、法人税額、検証で判明した申告と実額の差、超過した選手団コスト、規則が定める各種の減額、そして LaLiga に対して弁済期が来ている債務です。
上の図の右側が、その11項目です。
細かく見なくてかまいません。
読み取ってほしいのは、過去の赤字がそのままマイナス項目として入っていることだけです。
去年赤字を出したクラブは、その分だけ今年の予算が通りにくくなる。
このあと見るバルセロナの数字の動き方は、ここで決まっています。
そして、上限はマイナスになる
均衡点を満たせないクラブはどうなるのか。
競技として成り立たなくなるのを防ぐため、条文には床が用意されています。
均衡点を満たせなくても、1部のクラブには承認された売上高の少なくとも30%が割り当てられる(第34条)。
2部なら40%です。
そのすぐ次に、この記事の出発点になった一文が置かれています。
d) En el caso de que de la aplicación de las reglas generales establecidas en estas Normas, matemáticamente resulte un Límite de Plantilla Deportiva negativo, el citado porcentaje en Primera División del TREINTA POR CIENTO (30%), quedará reducido al VEINTE POR CIENTO (20%). En Segunda División el 40% quedará en un 30%.
一般規則を適用すると上限がマイナスになる場合、1部の30%は20%に下げる、という条文です。
ここで効いているのは matemáticamente、「数学的に」の一語です。
規則が、自分でマイナスを想定しています。
上限がマイナスになるのは制度のバグではなく、条文が織り込んでいる状態でした。
この救済にも条件があります。
公的機関や他クラブに対して弁済期の来た債務を抱えているクラブには、この下限規定を適用できません。
税金や他クラブへの支払いを止めているクラブは、床から外れます。
20クラブを並べてみる
ここまでの理屈が現実にどう出るかを見てください。

2025/26 冬の公表値(千ユーロ)。同じリーグの中で、上限は40倍以上ちがう。2026/27 の上限はまだ公表されていない。
先頭のレアル・マドリードが 7億6,122万ユーロ。
2番目のバルセロナが 4億3,280万ユーロ。
最下位のレバンテが 1,744万ユーロです。
その差は約44倍。
夏の時点で比べると最低はセビージャの 2,213万ユーロで、こちらでも34倍ほどの開きがあります。
なぜこうなるのか。
上限が「そのクラブの予算」から出てくるからです。
収入の大きいクラブには大きい上限が、小さいクラブには小さい上限が割り当てられる。
リーガの上限は、格差を均すためのものではありません。
「売上の30%」は、無条件の床ではありません
ここで、この章の前半に引っかかった人がいると思います。
1部のクラブには売上高の30%、マイナスになる場合でも20%という下限があるはずでした。
それなら、上限が極端に小さくなることはないのではないか。
ひとつ前の 2024/25 シーズンの公表値を見ると、そうでもないことが分かります。
セビージャの上限は、夏が 2,499、冬が 684 でした。
単位は千ユーロなので、冬は68万4,000ユーロです。
同じ表のレアル・マドリードは、夏も冬も 754,894。
冬の列だけで、およそ1,104倍の開きがあります。
下限の条文に、続きがあるからです(第34条第3項)。
前のシーズンに発生した選手・スタッフへの未払報酬があれば、その額はこの下限から差し引かれる。
この下限の適用を受けるクラブは、超過したクラブ向けの特則(第100条)を使えない。
そして、公的機関や他のクラブに対して弁済期の来た債務があるクラブには、そもそもこの下限を適用しない。
セビージャの 684 という数字がどの規定から出たものかは、公表されていません。
ただ、床が床として立たない場合を条文が最初から用意していることは、この3つを読めば分かります。
NFL や NBA の「サラリーキャップ」とは別物です
この点で、アメリカの4大リーグとは設計思想がまるで違います。
NFL が発表している2026年のサラリーキャップは、1球団あたり3億120万ドルで、全32球団が同じ数字です。
NBA の2026-27シーズンのサラリーキャップは1億6,496万1,000ドルで、こちらも全30球団が同額です。
「全員が同じ財布の大きさで戦う」というのが、あちらのサラリーキャップの考え方です。
リーガの LCPD は、クラブごとに違う財布の大きさを、そのクラブの予算から決める仕組みです。
名前が同じでも、やっていることが逆と言っていいくらい違います。
第3章 破るとどうなるのか
上限がどう決まるかは分かりました。
では、それを超えたまま選手を登録しようとすると、何が起きるのか。
条文の答えは、驚くほど短いです。
「登録しない」
まず、超えてはいけない時点が決まっています。
登録可能な選手団のコストは、割り当てられた上限をいかなる時点でも超えてはならない(第93条)。
「シーズン末の時点で」でも「決算の時点で」でもありません。
そして、超えたときにどうするかがこれです。
- LALIGA no inscribirá a ningún Jugador de un Club/SAD cuando computando el Coste individual de dicho Jugador se rebase el Saldo Disponible de Límite de Coste de Plantilla Deportiva Inscribible o la capacidad de inscripción autorizada por el Órgano de Validación […]
「LaLiga は、その選手の個別コストを算入すると残枠を超える場合、そのクラブの選手を登録しない」。
読みどころは動詞で、罰を科すとすら書いていません。
登録を受け付けない、という事務的な文です。
例外はひとつだけ書かれています。
買戻し権のない移籍や期限付き移籍で選手を抹消するとき、連盟の規則上どうしても同時に登録が必要なら、その登録は認める。
出ていく選手の手続のためだけの、形式的な登録です。
「残枠」は余りではない
いま出てきた残枠という言葉も、条文が定義しています。
その時点の上限と、その時点の選手団コストの差。
ただしプラスである場合に限る、と条件がついています。
だから超過しているクラブの残枠は「マイナス何億ユーロ」ではなく、単にゼロです。
そして、残枠が生まれても、それを新しい選手に使えるとは限りません。
条文は使い道の順番を a) から f) まで決めていて、先に来るのは、前のシーズンまでに前借りしたコストの回収、規則が定める各種の減額、前のシーズンに条件つきで登録した選手の今シーズン分のコストなどです。
新規の登録や契約更新が出てくるのは、そのあと、5番目です。
しかも最初の3つで消化しきれなかった分は消えず、十分な残枠が生じるシーズンまで無期限に持ち越されます。
つまり、上限に余裕が出たクラブが、その全部を補強に使えるわけではありません。
過去の借りを先に返してから、残った分だけです。
上限の数字が回復したという発表と、そのクラブが実際に補強できる額は、同じではありません。
制裁は「別の規則」にある
ここまでの話に、罰という言葉が出てきていません。
NEP 自身が制裁を定めていないからです。
最終規定はひとこと、義務の不履行は LaLiga の定款と社内規程が定める制裁制度に従って告発され、制裁されると書いて終わっています。
制裁の本体は LaLiga の定款、その第78条bisにあります。
そしてそこには、上限超過が「極めて重大な違反」になる条件が、金額つきで書かれています。
予算検証機関が事前にはっきり承認していない条項・合意・契約による超過が、1部で5%以上、または区分を問わず400万ユーロ以上あった場合です。
このときは、事務的な登録拒否では終わりません。
罰金は3万〜9万ユーロ。
そして「必ず」という言葉つきで、制裁決定の通知後、直後の2回の登録期間について、連盟のライセンス手続をする権利が停止されます。
夏と冬、2つの市場で選手を登録できなくなるということです。
累犯なら罰金は9万1,000〜18万ユーロ、2度目以降の累犯なら18万1,000〜30万ユーロまで上がります。
債務の不履行のほうは、100万ユーロ以上で翌シーズンの登録手続の停止。
それが累犯になると、条文は降格まで用意しています。
無いのは「勝ち点減」だけです
ここまで読んで気づいたと思いますが、この一覧に勝ち点の減点がありません。
罰金はある。
登録禁止もある。
降格まである。
それでも、勝ち点を引くという条項が、定款にも一般規程にも出てきません。

事前に止める制度と、事後に罰する制度。勝ち点減の有無が、リーガとプレミアリーグをいちばん分ける。
これは制度の設計思想から素直に出てくる結果です。
事前に止める制度は、順位表に手を入れる必要がありません。
使いすぎた分をあとから点数で調整するのではなく、そもそも使わせない。
だからリーガの経済統制のニュースは、順位表ではなく移籍市場の話として出てきます。
争うと、リーグの外に出る
もうひとつ、あとで効いてくる条文があります。
予算検証機関の判断に納得できないとき、クラブはどこに訴えるのか。
まず5営業日以内に経済統制委員会へ。
その決定にも不服なら、5暦日以内にスペインサッカー連盟(RFEF)の UEFA ライセンス第二審委員会へ、と定款が決めています。
上級審が、LaLiga の外にあります。
2025年1月、バルセロナのダニ・オルモの登録をめぐって、LaLiga・RFEF・スポーツ高等評議会・裁判所という4つの主体が次々に出てくることになるのは、この構造が入口にあるからです。
第2部 実践編:上限を超えたクラブは何をしてきたか
第4章 「1:4」の正体と、バルセロナの7年
上限を超えたクラブは、選手を登録できません。
ところがバルセロナは、上限がマイナスになった年の前後も、選手を補強し続けています。
どうやって、と考えながら条文を読むと、正規の道が3本あることが分かります。
削って登録する道、資産を売る道、出資を受ける道です。
1本目から行きます。
リーガの上限の話で、日本語でも英語でもいちばんよく出てくるのが「1:4」です。
給料を1減らしても、新しい選手には4分の1しか使えない、という説明。
これは実在した規定です。
ただし、いまの規則の話ではありません。
現行の条文は50%です
第100条を読みます。
上限を超えて登録できないクラブでも、既にいる選手の契約を変更・停止・解除して減らしたコストの一定割合までなら、新しい選手を登録してよい、という条文です。
その割合が、いくつなのか。
Los Clubes/SADs que no pudieran inscribir Jugadores por encontrarse en la situación de exceso descrita en el párrafo anterior, podrán sin embargo inscribir nuevos Jugadores […] siempre y cuando la suma de sus respectivos Costes individuales para cada una de las Temporadas T y T+1 no exceda:
De un CINCUENTA POR CIENTO (50%) de la disminución del Coste de Plantilla Deportiva Inscribible, para cada una de dichas Temporadas T y T+1, correspondiente a los Jugadores ya inscritos respecto de los que se modifique, suspenda o extinga, su relación contractual en la temporada T o T+1.
CINCUENTA POR CIENTO、つまり50%です。
さらに強化された割合もあります。
削減した選手の個別コストが、当初の選手団コストの5%以上を占めていた場合。
そして新しい契約が夏の登録期間の終了前に結ばれた場合。
このときは60%まで上がります。
歯止めもひとつあります。
この条項を使っても、7月1日時点より超過額が増えることはありません。
削って登録して、を繰り返して穴を広げることはできない、ということです。
「削って登録する」とは、こういうことです
条文のままだと手触りがないので、実際に起きた例を見ます。
2021年8月14日、バルセロナは公式サイトにこう書きました。
FC Barcelona is able to register Memphis, Eric Garcia and Rey Manaj to play in the Spanish Liga de Futbol Profesional. This has been made possible thanks to an agreement with Gerard Piqué whereby the Barça second captain's salary has been substantially reduced.
メンフィス、エリック・ガルシア、レイ・マナジの3人を登録できた、という発表です。
読みどころは2文目で、それを可能にしたのは副キャプテンであるジェラール・ピケの給与を大幅に減額する合意だった、とクラブ自身が書いています。
削ったのは既にいる選手の給与で、登録したのは新しい3人です。
第100条の骨格が、そのまま公式発表の文章になっています。
日付にも目を留めてください。
メッシとの契約が結べないという声明が出た8月5日から、9日後の話です。
では「1:4」はどこから来たのか
2021年8月6日、メッシの退団発表の翌日に、バルセロナのラポルタ会長が記者会見を開きました。
そこで会長はこう説明しています。
The ratio is 4 to 1. Without Leo, for every 25 million in salary, 100 million have to come out
「比率は4対1だ。レオがいなくても、給料2,500万ごとに1億が出ていかなければならない」。
同じ会見で会長は、クラブの給与は収入の110%にあたるとも語っています。
ただしこれは会長の口頭の説明であって、条文の引用ではありません。
条文の側で「削減額の25%」、つまり4分の1が確認できるのは、翌年の2022年4月27日版の第100条です。
そして、そこからの改正史がこれです。

第100条の割合の変遷。25%=1:4 だったのは 2022年4月27日版で、その後 40%、50% と緩められている。
2022年4月27日版が 25%。
2023年6月22日版で 40%(2023/24 は暫定で50%)。
2023年11月3日版で 50%(暫定で60%)。
そして現行の2025年6月19日版が 50%(条件つきで60%)です。
割合は、この4年で2倍になりました。
「削っても4分の1しか使えない」という説明は、2022/23 シーズンの話としては正しく、いまの話としては正しくありません。
ややこしい話がもう一段あります。
2019年8月に掲載されていた版にも25%という数字があるのですが、これは削減額の25%ではなく、超過額の25%でした。
掛ける相手が違うので、同じ25%でも意味がまったく別です。
バルセロナの7年を数字で見る
条文の話が続いたので、実際の数字を見ます。

公表回ごとの上限(千ユーロ)。バルセロナは 2021/22 冬にゼロの下へ落ち、そこから戻している。2022/23 の公表回だけ、原表の列見出しの書式が異なる。
2019/20 シーズンの夏、バルセロナの上限は 6億7,142万ユーロでした。
このときレアル・マドリードは 6億4,104万ユーロで、バルセロナのほうが上です。
そこから2シーズンで、3億8,271万ユーロ、9,794万ユーロと落ちていきます。
そして2021/22 の冬に、マイナス1億4,435万ユーロ。
戻りも急でした。
2022/23 シーズンの夏には 6億5,642万ユーロまで回復しています。
その後も 2億7,002万ユーロ、4億2,642万ユーロ、3億5,128万ユーロと大きく振れ、最新の 2025/26 冬は 4億3,280万ユーロです。
同じ期間のレアル・マドリードは、6億4,104万ユーロから 7億6,122万ユーロまで上がっています。
途中、2020/21 に 4億6,852万ユーロまで下がり、2022/23 にも 6億8,346万ユーロへ下げていますが、大きな流れとしては上がり続けています。
片方は谷を掘り、片方は坂を上っている。
同じリーグの、同じ規則の下での話です。
「レバー」は何をしたのか
2本目の道です。
バルセロナが 2022年に上限を戻した局面で、日本語でも英語でも大量に流れた言葉が「レバー」でした。
スペイン語の palancas(てこ)で、放映権収入の一部やグループ会社の株式といった資産を売って、まとまった金額を作る動きを指します。
何をいくらで売ったのかは、クラブと取引相手の公式発表で分かります。
2022年6月30日、投資会社の Sixth Street が、クラブの LaLiga 放映権の10%を25年間受け取る取引が発表されました。
With this transaction, FC Barcelona generates a total capital gain of €267 million for the current season. Sixth Street will initially invest €207.5 million […]
読みどころは2つの数字の差です。
Sixth Street が最初に投じるのは2億750万ユーロなのに、クラブが当期に計上する譲渡益は2億6,700万ユーロ。
7月22日には、同じ相手にさらに15%を売っています。
合計で、今後25年間の放映権収入の25%が出ていくことになりました。
売ったのは放映権だけではありません。
7月29日に締結した契約で、子会社 Barça Studios の24.5%を Socios.com へ1億ユーロ。
8月12日には、同じ Barça Studios の24.5%を Orpheus Media へ1億ユーロ。
ひとつの子会社の49%が、2週間で2億ユーロになりました。
10月9日には、総会が放映権10%の売却と 2021/22 シーズンの決算を承認しています。
売った利益が上限に効くこと自体は、条文が認めています(第31条)。
ただし算入できるのは、譲渡した資産の1シーズンあたりの価値が、直近3シーズンの平均売上高の5%にあたる額まで。
そして、この5%という枠は1回きりではありません。
El cómputo de este importe máximo se realizará de forma acumulativa por el sumatorio del valor por temporada cedido o transmitido en todas las operaciones realizadas por el Club/SAD a lo largo de toda su historia, incluidas aquellas realizadas en fecha anterior a 24 de noviembre de 2022 pero que desplieguen efectos sobre temporadas posteriores.
読みどころは "a lo largo de toda su historia" です。
クラブがその歴史全体で行ったすべての取引の累計で計算し、しかも2022年11月24日より前に行われた取引まで、後のシーズンに効果が及ぶなら数える。
条文の中に特定の日付が名指しで入っていること自体が、この規定が後から作られたことを示しています。
支払条件にも下限があります。
代金を分割にするなら、即金で20%、6か月で40%、9か月で55%、12か月で70%、15か月で85%は回収できる契約でなければならず、18か月を超えて繰り延べる部分は上限の計算に入れてもらえません。
そして、上限を押し上げる効果があった資産を買い戻したら、その額は買い戻したシーズンの計算に組み込まれて、上限を減らします。
つまりレバーは、上限を恒久的に押し上げる魔法ではありません。
5%という天井があり、クラブの歴史全体で累積し、買い戻せば戻る。
売った瞬間の効果だけを見て「これで枠ができた」と読むと、あとの年で足を取られます。
ここでひとつ、はっきりさせておきます。
いま並べた金額は、いずれもクラブか取引相手が自分で発表したものです。
分かっていないのは、その1件が上限を何ユーロ動かしたかのほうです。
LaLiga が公表するのは各クラブの上限の数字だけで、その内訳ではない。
だから「レバーで上限が◯億上がった」という書き方には、どこにも根拠がありません。
言えるのは、条文が定めている算入のルール、実際に動いた取引の金額、そして公表された上限が前後でどう変わったか、この3つです。
「オーナーがお金を入れる」はどう扱われるか
3本目の道が、出資です。
株主や関連当事者、第三者からの出資があれば、上限を、超過中のクラブなら登録枠を引き上げられます(第80条)。
ただし、入れた額がそのまま上限になるわけではありません。
反映される割合は、クラブの財務状況と破産手続の状況による4つのグループで決まります(第84条)。
グループAが出資額の80%。
純資産が十分にあり、負債が過大でないクラブです。
グループBが65%、破産手続の債権者集会協定に関わる要件に当たるグループCが50%。
そしてグループDは0%で、出資を一切算入できません。
さらに、上限を超過しているクラブは、この結果に0.85を掛けます。
お金を入れれば入れただけ枠が増える制度ではありません。
健全なクラブほど入れた分が効き、苦しいクラブほど効かない。
「金持ちのオーナーがつけば買い放題」という直感とは、逆向きに作られています。
第5章 同じ条文が、2年続けてバルセロナの夏を決めた
規則の中に、たった一箇所だけ「上限を超えて選手を登録してよい」と書いてある条文があります。
長期離脱した選手の代わりを入れるための規定です。
この一箇所が、2024年の冬と2025年の夏、2度続けてバルセロナの補強を左右しました。
1度目が、ダニ・オルモとパウ・ビクトルが年をまたいで登録を失った件。
2度目が、GK マルク=アンドレ・テア・シュテーゲンの診断書が移籍市場のニュースになった件です。
どちらも日本語では「バルサがサラリーキャップを超えていて登録できない」と説明されました。
ただ、何が起きて、それがなぜ起きたのかは、その一文でまとめられるほど単純ではありません。
先に条文を読んでおくと、2つの夏がまったく違う形をしていたことが見えてきます。
4か月以上、そして「新規登録だけ」
条文は第107条です。
2024/25 シーズンに適用されていた版では第77条だったので、報道で見る条番号が食い違うことがあります。
- El Límite de Coste en Plantilla Deportiva Inscribible o la capacidad de inscripción podrá excederse en la Temporada T en la misma suma a que ascienda el Coste de un Jugador de nueva inscripción (no renovación) en sustitución de otro jugador de la Plantilla Deportiva Inscribible que haya sufrido una lesión o enfermedad grave prolongada y que como consecuencia de la misma se prevea una incapacidad de duración igual o superior a 4 meses […]
登録可能な選手団の選手が、負傷や重い病気で4か月以上稼働できないと見込まれる場合、その代わりに登録する選手のコストと同額まで、上限を超えてよい。
効いているのは括弧の中の "(no renovación)" で、使えるのは新規登録だけです。
既にいる選手の契約更新には、この枠は開きません。
誰が「4か月以上」を認定するのかも決まっています。
LaLiga の医事委員会が出す医学報告書によって証明しなければならず、クラブの申請は負傷の発生から25暦日以内です。
枠の大きさにも条件が並びます。
よく「年俸の80%が使える」と説明される部分は、正確には違います。
使えるのは、負傷した選手の登録に伴って計上されているコストの80%で、しかも登録権の償却分は含めません。
移籍金の大きい選手ほど、この枠は薄くなります。
さらに、夏の登録期間が終わる前に代役の登録を申請する場合は、この枠が半分に減ります。
ただし医事委員会が5か月以上の稼働不能を認めた場合は、減りません。
夏のうちに代役を入れるなら、5か月の認定があるかないかで使える額が倍違うということです。
歯止めもあります。
フィールドプレーヤーの代わりに GK を登録すること、その逆も認められません。
そして、枠を使わせてもらった負傷選手を早く戻して公式戦に呼んだ場合は、超過額の3倍が上限から引かれます。
なお、契約更新や監督の交代で一時的に上限を超えてしまう場合の規定も別にあります。
そちらは超過幅が上限の4%までで、選手の契約更新に限り、1シーズンに1人だけ8%まで認められます(第105条)。
要するにこの条文は、離脱した選手の穴を埋めるための、新規登録の1枠です。
ここを押さえたうえで、2024年の夏に戻ります。
2024年の夏、オルモはどうやって登録されたのか
2024年8月9日、バルセロナはダニ・オルモの獲得を発表しました。
契約は6シーズン、2030年6月30日までです。
公式発表が書いているのは経歴と契約の中身だけで、登録については一言も触れていません。
登録が済むのは、この発表より後の話になります。
ここから先は、公式の文書が無い部分です。
複数の媒体が伝えるところでは、クラブはアンドレアス・クリステンセンのアキレス腱の長期離脱を使い、当時の第77条でオルモを登録しました。
いま見た「離脱者の代わりに1枠」を、そのまま使ったということです。
オルモがリーグに初めて出たのが第3節のラージョ戦まで遅れたのは、クラブの経済的な問題のためだったと報じられています。
そして、この登録には期限が付いていました。
2024年12月31日までです。
年をまたいで恒久的な登録に切り替えるには、それまでに上限の側に、2人分のコストが収まる余地を作らなければならない。
夏に開けた1枠が閉じる日が、そのままクラブの締切になっていたということです。
急がなければならない理由が、もうひとつありました。
オルモの契約には、登録されなければ自由契約で退団できる条項があった、と複数の媒体が伝えています。
上限を上げられなければ、クラブは獲得したばかりの選手を無償で失う。
報道によれば、上限を上げる手段としてクラブが持ち込んだのは、新スタジアムの VIP 席でした。
将来の販売分をまとめて先に売り、1億ユーロを受け取るという取引です。
LaLiga はこれを認めませんでした。
提出された書類と、支払いの保証が足りない、という理由だったと伝えられています。
12月31日に、何が終わったのか
2024年12月27日。
バルセロナ商事裁判所10号が、オルモの仮登録の要求を却下しました。
同じ日に LaLiga が声明を出し、その決定文の一節を引用しています。
The purpose of allowing additional spending is so that a long-term injury does not weaken the team's competitiveness, not to use a long-term injury to allow the registration of players whose salaries exceed the limit, which is what FC Barcelona is attempting.
追加の支出を認める目的は、長期離脱でチームの競争力が落ちないようにすることであって、上限を超える給与の選手を登録するために長期離脱を利用することではない。
読みどころは末尾です。
「それがまさに、FCバルセロナがやろうとしていることだ」と、決定文が名指ししています。
争点が長期離脱枠の読み方そのものだったことが、ここではっきりします。
同じ決定文には、この読み方は目新しいものではない、とも書かれています。
競技の他のすべてのチームに適用しているのと同じ解釈であり、2024年7月にアラウホとイニゴ・マルティネスの件でバルセロナに適用したのと同じ解釈である、と。
この枠は、その年すでに一度、同じクラブに対して同じように読まれていたわけです。
12月30日には、バルセロナ第一審裁判所47号も仮登録を却下します。
12月31日、LaLiga は「本日12月31日時点で、バルセロナは1月2日以降いかなる選手も登録できるようにする代替案を提出していない」という短い声明を出しました。
年が明けた1月1日、両選手の登録は期限切れになり、リーグのクラブページから名前が消えたと各媒体が伝えています。
そして2025年1月3日、LaLiga の予算検証機関が、バルセロナの上限の引き上げを承認しました。
何がその日の決め手になったのかは、公式の文書に書かれていません。
公式に分かるのは、この日に経済統制上の要件が満たされた、ということだけです。
そこから先は、上限の話ではなかった
2025年1月4日。
RFEF と LaLiga の調整協定にもとづく合同委員会が、両選手のライセンスを認めないと決定します。
その理由が、経済統制ではありませんでした。
合同委員会は「2025年1月3日にバルセロナが経済統制上の要件を満たした」と認めたうえで、RFEF 一般規則の130条2項と141条5項を根拠に不許可としています。
その条文が禁じているのは、ライセンスを取り消された選手が、同じシーズン中に、既に所属していたクラブの同じチームでライセンスを取り直すことです。
上限の話ではなく、連盟のライセンス規則の話に移りました。
1月8日、スペイン政府の機関であるスポーツ高等評議会(CSD)が緊急の保全措置を認め、1月4日の決定とライセンスの取消を停止します。
ただし同じ文書で、この判断は不服申立ての本案について予断を示すものではない、と釘を刺しています。
1月9日、両選手は登録されました。
そして4月3日、CSD は本案の不服申立てを認め、1月4日の決定を、権限がないことを理由に全部無効としました。
そのとき CSD は、こうも書いています。
el CSD desea subrayar que este recurso no trata sobre el control económico que LaLiga realiza a sus clubes asociados.
「この不服申立ては、LaLiga が加盟クラブに対して行う経済統制を対象とするものではない」。
CSD 自身が、自分は経済統制の当否を判断していないと明記しているわけです。
だから、この件を「CSD がバルサの言い分を認めた」「サラリーキャップの判断が覆された」とまとめるのは、公式文書と合いません。
無効になったのは、合同委員会が権限のない判断をしたという手続の部分です。
上限そのものについては、1月3日に引き上げが承認された時点で決着していました。
第3章の最後で見た「上級審が LaLiga の外にある」という構造が、そのまま現実になった一件です。
起きたことを2行にすると、こうなります。
上限に余裕がないまま選手を獲得し、離脱者の枠を使って期限つきで登録したから、12月31日が締切になった。
そしてその締切を過ぎたあとの争いは、もう上限の話ではありませんでした。
2025年の夏、診断書がニュースになった理由
翌年の夏、同じ枠は条文の字面どおりに使われます。
ただしその過程で、選手個人の診断書が移籍市場の話題になりました。
7月24日。
テア・シュテーゲンが自分の SNS で腰の再手術を公表し、クラブも同じ日に、翌週に再手術を行うと告知します。
ただしクラブの告知には、離脱の見込み期間が書かれていません。
8月7日。
クラブが、本人に対する懲戒手続の開始と、キャプテン職の一時剥奪を発表します。
8月8日。
本人が、手術に関する診断書を LaLiga へ送るための同意に署名しました。
懲戒手続は同じ日に終了し、キャプテンにも戻ります。
8月13日。
クラブはこう発表しました。
FC Barcelona hereby announces that LaLiga's Medical Committee has ruled that goalkeeper Marc-André ter Stegen's injury meets the long-term injury criteria established by current regulations. The club will proceed tomorrow to immediately formalise the registration of player Joan García.
医事委員会が長期離脱の基準を満たすと判断したので、翌日ジョアン・ガルシアの登録を正式に行う、という発表です。
懲戒手続の開始から登録まで、ちょうど1週間でした。
なぜ、診断書が要ったのか
日付を並べただけでは、クラブがなぜ選手の診断書を欲しがったのかは分かりません。
分かるのは、さっき読んだ第107条の条件を思い出したときです。
バルセロナはこの夏、エスパニョールから獲得した GK ジョアン・ガルシアを、そのままでは登録できない状態にありました。
使える道が、第107条の長期離脱枠です。
ただしその枠を開けるには、4か月以上の稼働不能を LaLiga の医事委員会に認定してもらう必要がある。
そして医事委員会が判断するには、本人の診断書がリーグに届いていなければならない。
そして8月8日の発表が「本人が診断書をリーグへ送ることに同意した」と書いているとおり、クラブが勝手に渡せるものではなく、本人の同意が要ります。
ここに、もうひとつの数字がありました。
報道が伝える本人の投稿によれば、テア・シュテーゲンは手術を公表したときに、復帰までの見込みを「約3か月」と書いています。
3か月では、条文の4か月に届きません。
8月8日、本人は SNS で自分の立場を説明しました。
クラブの補強と契約更新はすべて自分の手術より前に終わっていた。
だから、自分の手術という不運が同僚たちの登録に必要だったなどとは、一度も考えられなかった。
それ以外の解釈は不当で不正確に思える。
そういう趣旨の声明です。
本人が否定したのは、自分の負傷と他人の登録を結びつける読み方そのものでした。
同じ1枠でも、開け方で通り方が変わる
8月13日の認定のあと、この夏の登録は条文の要件と一つずつ対応しています。
認定したのは LaLiga の医事委員会。
代役として登録されたジョアン・ガルシアは新規登録で、しかも GK でした。
GK の代わりは GK です。
同じ夏、バルセロナにはもう1人 GK がいました。
クラブは7月7日に、ボイチェフ・シュチェスニーとの契約を2027年6月30日まで延長したと発表しています。
こちらには、この枠は使えません。
条文が "(no renovación)" と書いているとおり、長期離脱枠は新規登録専用で、契約更新には開かないからです。
2024年の冬、裁判所の決定文は「この枠の目的はチームの競争力が落ちないようにすることであって、上限を超える給与の選手を登録するためではない」と書き、LaLiga はそれを自分の声明で引きました。
翌年の夏に起きたのは、離脱した GK の代わりに新加入の GK を1人入れるという、条文の字面どおりの使い方です。
同じ1枠が、開け方ひとつで、年をまたぐ争いにもなれば、1週間で片づく手続にもなる。
2年続けてバルセロナの夏を左右したのは、この条文でした。
第3部 背景編:なぜこの制度があるのか
第6章 この制度は何を防ぐために作られたのか
ここまで、条文と数字だけを見てきました。
残っている疑問はひとつです。
なぜスペインだけが、予算をリーグに審査させ、上限を絶対額で割り当て、マイナスまで想定するような制度を持っているのか。
答えは、規則自身が書いています。
法律が「支払不能の防止」を命じている
LaLiga の経済統制規則の前文は、根拠になる法律を引用しています。
2022年12月30日に成立したスペインのスポーツ法、その第95条b)です。
Las ligas profesionales aprobarán un plan de control económico, cumpliendo los términos y criterios que determine el Consejo Superior de Deportes, que prevenga la insolvencia de las entidades deportivas que participan en la competición.
プロリーグは、競技に参加する団体の支払不能を防止する経済統制計画を承認しなければならない。
リーグの裁量ではなく、法律の指示です。
同じ条文は、条件の中身にも踏み込んでいます。
参加の条件には、税務と社会保険、選手・スタッフ・従業員、他クラブに対する支払いを滞らせていないことを必ず含めなければならない。
そして、条件を満たさない団体は競技から除外される。
リーガの経済統制は、リーグが自主的に始めた取り組みではありません。
法律がプロリーグに義務づけているものです。
そして法律が名指しで守らせようとしているのは、税務当局と社会保険と、選手への支払いです。
着想はUEFAのFFPだった
同じ前文は、制度の出どころも書いています。
この規則は当初、2010年に承認された UEFA の Club Licensing & Financial Fair Play Regulations に着想を得たものだ、と。
つまり、リーガの経済統制の出発点は UEFA の FFP です。
そして規則が改まる理由も、UEFA を追いかけています。
2022年に UEFA が制度を作り直したのを受けて、LaLiga も規則を改めました。
主な変更は、債務統制の強化、選手団コストに関する新しい指標の導入、純資産のルールの新設の3点だと前文に書かれています。
「事前」が入ったのは2013年から2016年にかけて
よく「リーガは2013年に経済統制を導入した」と説明されますが、これは半分だけ正しい言い方です。
事後の統制、つまり経済統制委員会が決算を見る仕組みは、以前からありました。
2014年5月21日に承認された規則の表紙に「事後の経済統制」と印字されていることは、第1章で触れたとおりです。
同じ規則の前文は、出発点を2010年5月の UEFA の決定に置き、経済統制委員会がそれ以前から存在していたことにも触れています。
新しく入ったのは、事前のほうです。
LaLiga 自身の経済レポートは、現会長職の第1期を2013年4月から2016年6月とし、その時期の実績を1行目にこう挙げています。
Implantación del Control Económico "A Priori" […] Primera vez que se establece una regulación aplicable a toda la competición para la elaboración de presupuestos que sirvan para el control económico-financiero de los clubes
「事前の経済統制の導入。クラブの経済・財務統制に資する予算作成について、競技全体に適用される規制を設けたのは初めて」。
この記事でずっと見てきた LCPD は、こちらの層の仕組みです。
出発点にあった数字
では、その時期のスペインサッカーはどういう状態だったのか。
2015年に放映権の一括販売を義務づけた法令の前文が、状況を要約しています。
Los sucesivos «planes de saneamiento» afrontados desde hace décadas no han impedido la periódica liquidación de equipos históricos, el paso por situación concursal de un alto porcentaje de los equipos profesionales, la acumulación de deudas superiores a cuatro mil millones de euros entre los 42 equipos del fútbol profesional al final de la temporada 2011/2012.
数十年にわたって取り組まれてきた累次の「再建計画」も、歴史あるクラブの周期的な清算も、プロクラブの高い割合が破産手続を経ることも防げなかった。
そして 2011/12 シーズン末に、プロサッカーの42クラブで40億ユーロを超える債務が積み上がっていた。
40億ユーロ。
プロの42クラブの合計です。
税務当局に対する債務の数字も残っています。

1部・2部のクラブが税務当局に対して負っていた債務。1部は 2012/13 シーズン末の 6億4,320万ユーロがピーク。
1部のピークは 2012/13 シーズン末の 6億4,320万ユーロでした。
1999/2000 シーズンには 8,772万ユーロだったので、13年でおよそ7倍です。
そして事前統制が入った期間の終わりにあたる 2015/16 には、3億5,426万ユーロまで下がっています。
LaLiga 自身も、この時期の数字を公式に説明しています。
2013年、公的機関に対する債務は6億5,000万ユーロ。
その2年前には、選手への未払いに関する申立てが341件、請求総額8,400万ユーロに達していた。
給料が払われていなかった、ということです。
この章の冒頭で見た法律が、参加の条件に「選手・スタッフ・従業員への支払いを滞らせていないこと」をわざわざ書き込んでいるのは、この時期のあとです。
この折れ線は「滞納の量」ではない
ただし、この折れ線には読み方があります。
2019/20 に 2億1,392万ユーロまで落ちたあと、系列はまた上がっています。
2023/24 は 3億4,522万ユーロで、2015/16 とほぼ同じ水準です。
これだけを見ると「制度は効かなかった」と読めてしまいます。
数字が何の合計なのかを、出典のレポート自身が注記しています。
まだ納付期限が来ていない経常的な債務と、繰り延べたり破産手続に係ったりしている債務の、両方が入っています。
売上が伸びれば、期限前の税金の残高も自然に増える。
滞納の側の数字も、同じレポートに書かれています。
2023/24 シーズン末の繰延債務・破産手続債務は、合計で 932万7,697ユーロ。
税務債務全体の 2.5% にすぎません。
LaLiga 公式も、2013年に6億5,000万ユーロあった債務は大半が延滞だったのに対し、2023年12月時点の300万ユーロはすべて期限内だ、と書いています。
制度の効果として言えるのは「税金の滞納がほぼ消えた」ということです。
「税務債務の総額が減り続けた」ではありません。
制度自体が「破産を織り込んで」作られている
もうひとつ、この時代の刻印が条文に残っています。
第2章で見た予算均衡点の計算式は、クラブをグループ分けして別々に定められていました。
その分け方が、これです。
設立以来一度も破産手続を宣告されたことがないクラブ。
破産手続を経たけれど債権者集会の協定を履行済みか、未払いの債権額が売上見込みの15%以内のクラブ。
この2つがグループAです。
協定は承認されたけれどAの条件を満たさないクラブがグループB。
破産手続を申請中か宣告済みで、まだ協定が承認されていないクラブがグループC。
第4章で見た出資の算入割合も、同じようにグループで分かれていました。
リーガの経済統制は、「破産手続を経験したクラブがリーグの中に混ざっている」ことを前提に設計されています。
均衡点の式も、出資の算入割合も、まずクラブを破産手続の状況で仕分けてから計算に入る。
放映権の法令は、何をつないだのか
最後に、よく誤解されている接続を整理しておきます。
2015年の法令は、放映権の一括販売を義務づけたものです。
公式競技への参加は放映権の一括販売権限の譲渡を必然的に伴うと定め、分配の割合も決めています。
この法令は経済統制にも触れていますが、触れ方は限定的です。
最終規定が当時のスポーツ法を書き換えて、「加盟団体の経済・予算統制に関わる、リーグの代表機関が有効に採択した合意の不履行」を、極めて重大な規律違反の類型に加えました。
経済統制に関する取り決めを守らなければ制裁の対象になる、という接続です。
「経済統制を守らないと放映権の分配金が止まる」という条項は、この法令にはありません。
なお、当時のスポーツ法は2022年のスポーツ法に置き換わっているので、いまはそちらの第104条3項a)が同じ類型を引き継いでいます。

法令・規則・公式声明・公式レポートで日付が確かめられる出来事だけの年表。1990年の法律から、2026年8月の緩和発表まで。
第7章 プレミアリーグから見ると何が違うのか
ここまでリーガの側だけを見てきました。
最後に、プレミアリーグの制度と並べます。
PSR と SCR を1分でおさらいする
プレミアリーグの PSR は、2025/26 シーズンまで使われていたルールです。
見るのは3シーズンを合算した赤字で、上限は £105m。
超えたかどうかは決算が出そろってから分かり、リーグの取締役会が独立委員会に案件を付託して、委員会が量刑します。
エヴァートンやノッティンガム・フォレストの勝ち点減点は、この制度の下で起きました。
2026/27 シーズンからの SCR は、赤字ではなく費用の比率を見ます。
チームにかかる費用が収入の85%以内かどうか。
判定日は毎年3月1日に固定されていて、赤い線を超えると固定6点+超過額を £6.5m で割った数という算式で勝ち点が引かれます。
UEFA の側では、スカッドコスト比率を70%以内に収めるルールが段階的に施行されています。
90%、80%、70%と下げてきたもので、違反の帰結は罰金や出場登録の制限で、勝ち点は引かれません。
このあたりを詳しく知りたい方は、前に書いた FFP・PSR・SCR——プレミアリーグの「お金のルール」をゼロから全部説明する を読んでください。
近づいたところ
面白いのは、プレミアリーグがリーガの方向に寄ってきたように見えることです。
ひとつめは、判定を先に持ってきたことです。
PSR は決算を待つ制度でした。
SCR は判定日を3月1日に固定し、収入も「みなし」で見積もって、その日の時点で判定します。
シーズンが終わってから慌てて調べるのではなく、決まった日に決まった数字で判定する。
リーガが2013年以降やってきたことに、発想としては近づいています。
ふたつめは、分子の広さです。
SCR が数える「チームにかかる費用」には、選手と監督の報酬、肖像権の対価、成績連動のボーナス、移籍金の償却、代理人への報酬まで入ります。
第1章で見た LCPD の中身と、範囲がよく似ています。
どちらの制度も、「給料だけを見ても意味がない」という同じ結論に達しているわけです。
それでも違うところ
一方で、決定的に違う点が3つあります。
ひとつめ。絶対額か、比率か。
リーガの上限は「7億6,122万ユーロ」という金額そのものです。
SCR は「収入の85%」という比率です。
比率なら、収入が伸びれば使える額も自動的に伸びます。
金額で決まるリーガでは、翌シーズンの予算が審査を通るまで枠は動きません。
ふたつめ。登録拒否か、勝ち点減か。
リーガで超過したクラブに起きるのは、選手を登録できないことです。
SCR で赤い線を超えたクラブに起きるのは、算式で決まる勝ち点減です。
片方は移籍市場で止まり、片方は順位表が動く。
みっつめ。リーグが予算そのものを審査するかどうか。
ここがいちばん大きいと思います。
プレミアリーグの制度は、クラブが出した数字を検算する仕組みです。
リーガの制度は、クラブが作った予算を受理するかどうかをリーグが決める仕組みです。
予算均衡点を満たせないクラブに残るのは、第2章で見た売上高30%の床です。
ついでに、あと2つ
上の3つほど大きくはありませんが、押さえておくと読み違えが減る違いがあります。
判定の「密度」が違います。
SCR には3月1日という判定日があります。
その日の数字で判定し、そこから手続が動き出す。
一方リーガの第93条は、上限を超えてはならない時点を「いかなる時点でも」と書いています。
1年に1回まとめて見るのではなく、選手を登録しようとするたびに見る。
リーガの経済統制のニュースが登録期間の締切前後に集中するのは、判定がその場で起きるからです。
株主のお金の扱いも違います。
SCR の分母は「フットボール収入」で、株主が入れたお金はそこに入りません。
リーガには、第4章で見たとおり、出資を上限に反映させる道が条文で用意されています。
ただし反映されるのは出資額の80%から0%までで、財務が苦しいクラブほど効かない設計です。
なお、第3章で見た制度の対比表で、「登録禁止の規定」の行だけリーガとプレミアリーグの書き方が違うことに気づいた方がいるかもしれません。
リーガには「制裁決定の通知後、直後の2つの登録期間はライセンス手続をさせない」という条文があります。
プレミアリーグの規約には、制裁の一覧としてはそれに当たる項目がありません。
委員会にできると列挙されているのは、譴責、罰金、勝ち点減、出場停止、除名の勧告、そして規則に反して登録された(されようとした)選手の登録の取り消しや拒否です。
ただし列挙の最後には「委員会が適当と考えるその他の処分」という包括条項があるので、登録禁止ができないと決まっているわけではありません。
2026/27 に向けて、リーガは緩めます
最後に、これから起きることを書いておきます。
2026年8月18日、LaLiga は2026/27 シーズンに向けた変更を発表しました。
経済統制については、緩和が2点です。
Clubs/SADs will be permitted to renew the contract of one player per season even when they do not have sufficient financial fair play capacity, helping them retain talent. In addition, shareholders may contribute up to €2 million for investment in youth academies and/or women's football without this expenditure counting towards the squad cost limit.
ひとつめは、財務フェアプレーの余力が足りないクラブでも1シーズンに1人だけ契約を更新できるようにすること。
ふたつめは、株主が下部組織や女子サッカーへの投資に最大200万ユーロを拠出でき、その支出が選手団コスト上限に算入されないことです。
ふたつめは、第1章で見た「登録不可能な選手団」の側にお金を入れやすくする措置です。
女子チームと下部組織を別枠に置いてきた設計に、初めて例外に近いものが入ることになります。
これを反映した規範の新しい版は、まだ公開されていません。
まとめ:リーガのニュースの読み方
長い記事でした。
最後に、ここまでの道具を使ってニュースを読む手順にまとめます。
「登録できない」と書かれていたら
まず、それが上限の話なのかを疑ってください。
リーガのクラブが選手を登録できないとき、原因は2種類あります。
ひとつは、上限の残枠が足りない場合。
第3章で見た「LaLiga は登録しない」という条文が働いている状態です。
もうひとつは、上限はクリアしているのに、連盟のライセンス規則で止まっている場合です。
オルモの件がこれでした。
記事の中に RFEF やスポーツ高等評議会が出てきたら、後者の可能性を考えたほうがいい。
「上限が◯億ユーロと発表された」と書かれていたら
3つ確かめてください。
その数字は夏のものか、冬のものか。
上限は年に2回更新され、公表される一覧にも夏と冬の2列があります。
それは「登録可能な選手団」の上限か。
報道が使う数字はほぼこちらですが、クラブにはもう一段大きい「総額の上限」も割り当てられています。
そして、いつの公表回か。
最新の公表は 2025/26 シーズンの冬(2026年3月3日更新)です。
2026/27 の数字が記事に出ていたら、それは推計です。
「レバーを使った」と書かれていたら
第4章の3つの歯止めを思い出してください。
売れる額は無制限ではなく、直近3シーズンの平均売上高の5%という天井があります。
その天井はクラブの歴史全体で累積し、2022年11月24日より前の取引も数えられます。
そして買い戻せば、上限は減ります。
「売って枠を作った」という一文だけで済ませられる話ではありません。
「長期離脱枠を使った」と書かれていたら
使えるのは、離脱する選手の年俸ではありません。
登録に伴って計上されているコストの80%で、移籍金の償却分は入りません。
夏の登録期間中の申請なら原則として半分に減り、5か月以上の離脱と医事委員会が認めた場合だけ減らずに済みます。
そして代役は新規登録に限られ、GK の代わりはGK です。
「サラリーキャップ」を言い換えるなら
この記事の答えは、こうなります。
リーガのサラリーキャップとは、そのクラブの予算を審査したうえで、リーグがそのクラブだけに割り当てる、トップチームを組むための費用の絶対額の上限です。
給料だけではありません。
移籍金の償却も、肖像権も、社会保険も、代理人手数料も、監督の報酬も入っています。
リーグ共通の額でもありません。
2025/26 冬の公表値では、上は7億6,122万ユーロから、下は1,744万ユーロまで開いています。
そしてマイナスにもなります。
規則がそれを想定して、1部なら売上高の20%という床を用意しています。
破っても、勝ち点は引かれません。
起きるのは、選手を登録できないことです。
「給料の上限」という言葉から想像するものと、実物はほとんど別のものでした。
次にリーガの移籍市場のニュースを読むとき、この記事の道具が役に立てばうれしいです。
データ:LaLiga『Normas de Elaboración de Presupuestos』(2019年8月掲載版・2022年4月27日版・2023年6月22日版・2023年11月3日版・2025年6月19日版と公式英語版)、LaLiga 一般規程 第10巻および定款(2024年7月版)、LaLiga 公式の Squad Cost Limit 一覧(2019/20〜2025/26)、LaLiga・FCバルセロナ・RFEF・スポーツ高等評議会の公式声明と公式発表、スペイン・英語圏各紙の報道、LaLiga『Informe Económico』、スポーツ高等評議会『Balance de la situación económico-financiera del fútbol profesional masculino español 1999/2024』、官報(Real Decreto-ley 5/2015、Ley 39/2022)、NFL と NBA の公式発表
対象:制度は1990年のスポーツ法から2026年8月まで。上限の数値は 2019/20 シーズンから 2025/26 シーズン冬(2026年3月3日更新)まで。2026/27 の上限は未公表
一覧の原本:LaLiga 公式の Squad Cost Limit ページ/法令の原本:スペイン官報(BOE)
読み込んでいます…