雑記

イングランド 1–2 アルゼンチン|先制した側は、なぜ最後の5分でひっくり返されたのか

W杯2026 準決勝、イングランドは55分に先制しながら 1-2 で敗れました。試合を手放したのは最後の5分ではなく、先制直後の17分間です。前後半の分割・15分刻みの主導権・両ベンチの選択を、イベントデータで分解します。

目次

はじめに

ワールドカップ準決勝、イングランドはアルゼンチンに 1-2 で敗れました。
55分に先制し、85分に追いつかれ、後半アディショナルタイムに沈む。
「メッシのアルゼンチンが土壇場で力を見せた」「イングランドはまた大一番で勝ち切れなかった」。
試合後の受け止めは、だいたいそのあたりに集まっていたと思います。

でも、この試合を決めたのは最後の5分ではありません。
先制してからの17分間で、イングランドはすでに自陣から出られなくなっていました。
その17分間に敵陣までボールを運べた回数は、9回です。

何がそこで起きたのかを、前半の膠着・後半の一方通行・両ベンチの選択という3つに分けてほどいていきます。
試合後に広がった「守りに入った采配が敗因」という言い方も、時間を割って確かめます。

前半に何も起きず、後半にすべてが起きた

まず全体の数字を置きます。
得点は55分にイングランドのアンソニー・ゴードン(アシストはモーガン・ロジャーズ)。
85分にアルゼンチンのエンソ・フェルナンデス、90+2分にラウタロ・マルティネスが続きました。
後ろの2つのアシストは、どちらもアルゼンチンのリオネル・メッシです。


前後半に割った基礎スタッツ。前半は xG 0.05 対 0.03・枠内シュート0対0、後半は xG 0.48 対 1.81・敵陣ボックス内タッチ3対24。同じ試合の数字とは思えないほど傾いている。

90分の合計は、支配率 36対64、シュート 5対15、xG(ゴール期待値)が 0.53 対 1.84。
ここだけ見れば、アルゼンチンが順当に殴り勝った試合に見えます。
ところが前後半で割ると、この90分の異様さが出てきます。

前半のシュートは両チーム合わせて3本、枠内は 0対0、xG は 0.05 対 0.03。
GKのセーブも0対0でした。
中身を並べても、33分のイングランドのジョン・ストーンズのヘディング(xG 0.06、枠外)、38分のメッシのフリーキック(0.01、ブロック)、同じく38分のエンソ・フェルナンデスのミドル(0.02、枠外)。
これで全部です。
敵陣ペナルティエリア内のタッチは4対4で、どちらも相手ゴールにほとんど近づけていません。
ワールドカップの準決勝としても極端な、完全な膠着でした。

それが後半、ひとつの方向にだけ流れ出します。
xG は 0.48 対 1.81、シュートは4対13、敵陣ボックス内タッチは3対24。
イングランドのGKジョーダン・ピックフォードは、後半だけで3本のセーブを強いられました。


累積 xG の推移。●がゴール。イングランドの線は55分のゴードンの一撃でほとんど止まり、アルゼンチンの線は76分から階段を駆け上がる。

それでも、先にスコアを動かしたのはイングランドでした。
55分のゴードンの一撃は xG 0.38 の決定機で、枠内のコースまで加味した xGOT は 0.97。
イングランドの90分の xGOT 1.02 は、ほぼこの1本だけでできています。

つまりこの試合は、先制した側がその後の35分間ずっと水面下に沈んでいき、最後の5分で刈り取られた試合です。
残る問題は、いつ沈み始めたのかということになります。

先制点のあと、イングランドの出口が消えた

守備の網は18ポイント沈んだ

後半はボールがアルゼンチンの側にしかなかった、という実感は、見ていた方なら誰でも持ったはずです。
実際、後半の支配率は28対72、パスは127本対339本でした。
イベントの位置を数え直すと、その実感に「どこで」が付きます。

タックルやインターセプト、ボール回収といった守備アクションの平均位置を、ピッチを0から100として測ります。
イングランドは前半 45.0。
ハーフウェーライン付近に守備の網を張っていたことになります。
それが後半は 27.3 で、18ポイントの沈下です。


イングランドの守備アクション発生位置(左が前半、右が後半)。攻撃方向は左から右。前半はハーフウェー付近にあった帯が、後半は自陣ペナルティエリアの脇に凝縮している。

比べる相手として分かりやすいのは、今大会のラウンド16・メキシコ戦です。
退場者を出し、数的不利のまま守り切ったあの試合の守備位置が 25.1。
後半のイングランドは、意図的に閉じたあの試合とほぼ同じ深さで守っていたことになります。

攻撃側の数字は、もっとはっきりしています。
パスは前半215本(成功率88%)から後半145本(71%)へ。
ファイナルサードへの進入パスは15本から6本へ。
敵陣3分の1でのタッチは78回から41回に減りました。

一方のアルゼンチンは、パスが263本から368本、進入パスが10本から27本。
敵陣3分の1でのタッチにいたっては、60回から227回です。
後半のピッチの上で、ボールはほぼ一方の陣地にしかありませんでした。

61分からの15分間、敵陣に入れたのは7回

15分刻みに割ると、転換点の輪郭が出ます。


敵陣3分の1でのタッチ数を15分刻みで並べたもの。イングランドは先制点を含む46-60分の39回を最後に急落し、61-75分は7回まで消える。

イングランドの敵陣3分の1でのタッチは、先制点を含む46-60分に39回まで伸びていました。
それが61-75分は7回です。
76分以降も18回止まりでした。
アルゼンチンのほうは 63回、77回、87回と、後半を通じて右肩上がりに増えています。

ここで押さえておきたいのは、この「7回」の時間帯が、あとで見る守備固めの交代より前に始まっていることです。
先制点の直後から、イングランドの出口はすでに閉じかけていました。

プレスの強度でも同じことが言えます。
相手に自陣で何本パスを回させたかを表す PPDA(数字が大きいほどプレスが緩い)は、イングランドが前半 10.4 から後半 18.0 へ。
前から奪いに行く回数そのものが、半分になっています。

面白いのは前半の数字のほうです。
アルゼンチンの前半の PPDA は 6.1 で、イングランドの 10.4 より強くかみついていました。
守備位置はイングランドの 45.0 に対してアルゼンチンが 36.6。
前半の膠着は「両者様子見」ではなく、高い位置に立ったイングランドと、強く追いかけたアルゼンチンが互いの前進をつぶし合った45分間だった、という形になります。

では、沈んでいくイングランドに反撃はなかったのか。
ゴードンの得点を除くと、後半のシュートは66分のイングランドのデクラン・ライス(xG 0.02、セーブ)、同じく66分のハリー・ケイン(0.02)、79分のロジャーズのカウンター(0.05、セーブ)の3本だけでした。
合計しても 0.09 です。
リードしていた30分あまりのあいだにイングランドが作れた「次の1点」の芽は、この程度の厚みしかありませんでした。

71分、両ベンチが逆を向いた

勝っている側が、先に攻撃の駒を畳んだ

この試合の構造がもっとも雄弁に表れているのは、両ベンチの交代カードです。


両チーム10枚の交代と、その直後に記録された布陣変更。イングランドは71分に得点者を下げてディフェンダー5枚へ、アルゼンチンは80分にサイドバックを下げてフォワードを入れた。

イングランドの最初のカードは71分、ゴードンに代えてエズリ・コンサでした。
55分にこの試合唯一のゴールを決めた選手を下げ、センターバックを入れています。
直後の記録では、ピッチ上の並びがディフェンダー5枚に変わりました。
さらに81分台にリース・ジェームズ→ダン・バーン、ライス→ニコ・オライリーと続き、82分の時点ではディフェンダー5枚・ミッドフィールダー4枚・フォワード1枚。
リードを守る意思のはっきりした采配です。

アルゼンチンのカードは、逆を向いていました。
63分にレアンドロ・パレデスを下げてニコラス・ゴンサレス。
71分台にはゴンサロ・モンティエル、ロドリゴ・デ・パウル、ニコラス・オタメンディの3枚替え。
そして80分、左サイドバックのニコラス・タリアフィコを下げて、フォワードのラウタロ・マルティネスを投入します。
0-1で残り10分、後ろを1枚削って点を取りに行く選択でした。

その5分後にエンソ・フェルナンデスのコーナーからの同点弾が生まれ、90+2分には、投入されたラウタロ本人が決勝のヘディングを決めています。

2つのゴールの中身も対照的でした。
同点弾の xG は 0.05。
同じ85分にエンソは枠外のシュート(0.03)も放っていて、コーナーからの波状攻撃の中で生まれた、20回に1回あるかどうかの一撃です。
一方の決勝点は xG 0.71 で、この試合の両チームを通じて最大のチャンスでした。
押し込み続けた側が、低い確率の一撃で追いつき、最後にほとんど外しようのない形を作り切った。
90分の圧力の配当が、最後の7分間にまとめて支払われた形になります。

一方通行は、交代の前に完成していた

では、イングランドの守備固めは数字にどう表れたのか。
後半を3つの区間に切り、敵陣3分の1でのタッチを15分あたりに直して並べます。


敵陣3分の1でのタッチ数(15分あたりに正規化)。後半を「先制まで」「先制から交代まで」「交代から終了まで」の3区間に割ったもの。

後半開始から先制までの9分あまりは、20.7 対 46.3。
すでにアルゼンチン優勢ですが、イングランドも出られてはいました。

先制から交代までの17分間は、7.9 対 80.1。
この間にイングランドが敵陣でボールに触れたのは、合計9回です。
一方通行は、ここで完成しています。

交代から試合終了までの30分間は、9.4 対 52.9。
イングランドの出口は、最後まで戻りませんでした。

先制からの17分間、アルゼンチンの守備アクションの平均位置は 57.3 でした。
相手陣で守備をしていた、ということです。
ゴードンがピッチを去る前から、試合はすでにこの形になっていました。

「守りに入ったから負けた」は、順番が違う

試合後、この言い方はあちこちで目にしました。
イングランド代表のOBが「誰もが采配を間違えたと思っている」とトーマス・トゥヘル監督を批判したと報じられ、分析記事では「5バックにして勝ち切ろうとした采配が裏目に出た」と書かれています。
トゥヘル監督自身も「得点した後に受け身になりすぎて、多くのチャンスを与えてしまいました」と認めたうえで、「うまくいかなければ、それは間違いだったと言うのは簡単です」と反論しました。

まず事実関係です。
ゴードンを下げてコンサを入れたのは71分で、並びがディフェンダー5枚に変わったのはその直後。
ここは言われているとおりでした。

この閉じ方に前例があったことも、押さえておきます。
イングランドは今大会、ラウンド16のメキシコ戦を、退場者を出した状態から5バックのブロックで守り切りました。
準々決勝のノルウェー戦も、延長で勝ち越したあとは自陣にブロックを敷いています。
守備位置で見るとメキシコ戦は 25.1、プレス強度で見るとノルウェー戦の PPDA は 21.6。
どちらもイングランドの大会7試合の中で突出して低く、そして緩い数字です。
1点を守り切る閉じ方は、この大会のイングランドの勝ちパターンそのものでした。

ちなみに、この試合の90分平均の守備位置は 35.9 です。
大会7試合の並び(40.1、43.6、43.9、39.8、25.1、35.6)に置くと、特別に低い数字ではありません。
前半の 45.0 と後半の 27.3 を平均すると、ごく普通の試合に見えてしまう。
前後半で割らないかぎり、この90分の異常さはスタッツの表面に出てこないのです。

そのうえで、時間を割った数字をもう一度置きます。
支配を手放したのは、交代の17分前でした。
先制から交代までの敵陣タッチが 7.9 対 80.1 だった以上、「守りに入ったから攻められた」ではなく「攻められている最中に布陣を変えた」が、順番としては正確です。
采配が招いた、という因果は、この数字では支持できません。

ただし、留保のほうも重いです。


アルゼンチンのシュートを、イングランドの布陣変更(71分)の前後で分割したもの。本数はほぼ同じでも、xG は 0.32 から 1.63 に増えている。

アルゼンチンのシュートを71分の前後で割ると、それまでが7本・xG 0.32・無得点。
それ以降が8本・xG 1.63・2得点です。
本数はほとんど変わらないのに、1本あたりの重さが5倍になりました。
枠に飛んだ数も3本から5本に増えています。

76分には、アルゼンチンのアレクシス・マク・アリステルのヘディング(xG 0.35)がポストを直撃し、続けてフリアン・アルバレス(0.29)、さらにマク・アリステル(0.09)と、1分間に xG 0.73 分の波状攻撃を受けました。
ラインを下げて自陣ゴール前で受け続ける形に変わってから、シュートがより危険な位置で生まれるようになった。
数字の変化は、そう読めます。

とはいえ、「布陣を変えなければ 0.32 のペースのまま逃げ切れたのか」は、データでは確かめようのない仮定の話です。
5バックにしたあとに危険度が上がったことと、5バックにしたから危険度が上がったことは、同じではありません。
攻撃的なカードを切っていた場合の未来も、誰にもわかりません。
言い切れるのは、交代が試合を壊したのではなく、壊れかけていた試合を交代では止められなかった、というところまでだと思います。

「得点した後に受け身になりすぎた」というトゥヘル監督自身の言葉は、数字とよく合っています。
合っていないのは、その受け身がいつ始まったのか、という一点だけです。

97回のタッチのうち、2本が試合を決めた

この試合のマン・オブ・ザ・マッチはメッシでした。
採点 8.97 は両チーム最高で、2アシスト、xA(アシスト期待値)0.76、チャンス創出4回。
2位以下はエンソ・フェルナンデスの 8.18、クリスティアン・ロメロの 7.98 とアルゼンチン勢が続き、イングランドの最高は82分までプレーしたライスの 7.58 でした。


メッシの全パス(灰色)と、ペナルティエリアに届いた成功パス+2アシスト(オレンジ)。85分の同点弾はコーナー付近から、90+2分の決勝点は右サイドの深い位置からの1本。

90分のメッシは、タッチ97回、パス63本(成功46本)。
ファイナルサードへの進入パスは4本、ペナルティエリアの中まで届いた成功パスは5本です。
数字だけを並べれば、大半の時間は右サイドでボールを預かる39歳でした。
前半のシュートは、38分のフリーキック1本(xG 0.01、ブロック)だけ。
イングランドのブロックがハーフウェー付近で機能していた時間帯、メッシもまた、ほかの全員と同じように沈黙していました。

その中の2本が、勝敗を決めています。
85分の同点弾は、右のコーナー付近から入れたボールがエンソ・フェルナンデスに届いたもの。
90+2分の決勝点は、右サイドの深い位置からゴール前へ通した1本でした。
どちらも記録上のアシストはメッシです。

ゴール前の人数を増やしてきた相手に対して、最後に効いたのがコーナーとゴールライン際からの供給だったというのは、示唆的だと思います。
ブロックの中央をこじ開けたのではなく、ブロックの外側から2本だけ、確実に危険な場所へ届けた。
97回のタッチの大半が静かだったからこそ、この2本の重さが際立ちます。

なお、この2アシストは、今大会のメッシにとって突発的な出来事ではありません。
7試合の採点は最低でも 7.65 で、そこからこの日の 8.97 まで、一度も崩れていない。
8ゴール4アシストという数字も、大会を通した水準の延長線上にあります。
1試合だけを取り出した英雄譚ではない、という点は付け加えておきます。

まとめ

この90分は、3つに畳めます。

前半は完全な膠着でした。
xG は 0.05 対 0.03、枠内シュートは0対0。
ただしプレスの強度はアルゼンチンが上(PPDA 6.1 対 10.4)で、静かな45分の中身までは互角ではありませんでした。

先制の直後から、イングランドの出口が消えました。
先制から交代までの17分間、敵陣に運べたのは9回だけ。
守備の網は前半 45.0 から後半 27.3 へ、18ポイント沈んでいます。

そして両ベンチが逆を向きました。
イングランドは得点者を下げて5バックへ、アルゼンチンはサイドバックを削ってフォワードを入れる。
そのあとアルゼンチンのシュートは1本あたりの重さが5倍になり、85分と90+2分に結果として表れました。

「守りに入った采配が敗因」という言い方は、順番が逆です。
受け身になっていたことは数字も認めますが、試合を手放したのは交代より前でした。
先制点のあとの17分間に、この試合の敗因の大半が詰まっています。

イングランドにとって皮肉なのは、大会を通じて磨いてきた「1点を守り切る閉じ方」が、最後の相手にだけ通用しなかったことです。
メキシコにもノルウェーにも効いた勝ちパターンを、アルゼンチンはコーナーとゴールライン際からの2本で破りました。
勝ちパターンの再現と、その賞味期限。
トーナメントの怖さが凝縮された90分だったと思います。

アルゼンチンは2大会連続の決勝へ進みます。
7月19日、相手はスペインです。
90分でたった2本のパスから試合を決めた39歳が、決勝では何を見せるのか。
その一戦も、印象ではなく数字で振り返るつもりです。


データ:FotMob(xG・xGOT・チームスタッツ・採点)、WhoScored(イベントデータ)
対象:FIFAワールドカップ2026 準決勝 イングランド 1-2 アルゼンチン(2026年7月15日)。比較はイングランド・アルゼンチン両チームの同大会全7試合

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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