メキシコ 2-3 イングランド|20本撃った側と、10人で守り切った側
W杯2026 ラウンド16、メキシコがシュート20対6・支配率67%でイングランドを押しながら 2-3 で敗れました。試合を分けたのは前半98秒の2発と、54分の退場が生んだ二つの局面。アステカの90分をデータで分解します。
目次
はじめに
ワールドカップのラウンド16、エスタディオ・アステカでメキシコがイングランドに 2-3 で敗れました。
この会場のメキシコはワールドカップで10試合無敗だったと報じられています。
90分の数字だけを並べると、どちらが負けたのか分かりません。
シュートは20本対6本、支配率は67対33、相手ペナルティエリア内でボールに触れた回数は37対14。
どれもメキシコが大きく上回っています。
それでもスコアは 2-3 でした。
この試合を分けたのは、イングランドのジュード・ベリンガムが前半に決めた98秒間の2発と、54分にイングランドが10人になったことです。
「押しながら決めきれなかった」という一行では届かないところに、この90分の中身があります。
順にほどいていきます。
押していたのはメキシコ、点を取ったのはイングランド
まず数字のスコアボードを置きます。

前後半に割った基礎スタッツ(墨=メキシコ、英=イングランド)。メキシコは後半に支配率72%・シュート13本まで伸ばしているが、スコアが動いたのは前半だった。
xG(ゴール期待値)は 1.88 対 1.61。
シュートの本数が3倍以上ちがうわりに、期待値の差は 0.27 しかありません。
枠内シュートに至っては5本ずつで同数でした。
違うのは、その5本の中身のほうです。
枠内シュートの質を測る xGOT(枠内シュートの軌道から見た得点確率)は 1.82 対 2.98。
メキシコが20本撃って枠に置いた脅威より、イングランドが6本で置いた脅威のほうが大きかったことになります。
本数で3倍以上を積んだ側が、枠の中では負けていた。
この一行が、この試合の全部と言ってもいいくらいです。
前後半に割ると、性格の違う試合が二つ出てきます。
前半の xG は 0.44 対 0.75 でイングランドが上回り、後半は 1.44 対 0.86 でひっくり返ります。
支配率も 63対37 から 72対28 へ、さらにメキシコ側に振れました。
ところがスコアが動いたのは、その支配率が低いほうの45分間です。
前半だけで3点が入り、1-2でハーフタイムを迎えています。
ボールの動かし方も両極でした。
パスの本数は 453本対244本、そのうち敵陣で出したものは 287本対69本。
成功率もメキシコが92%、イングランドが80%です。
メキシコは相手陣でボールを回し続け、イングランドは自陣で長いボールを蹴っていた。
数字の上では、そういう90分でした。
累積 xG の積み上がり方も見ておきます。

累積 xG の推移。●がゴール、赤い縦線が54分の退場。イングランドの線は60分のPK以降ほとんど動いていない。
イングランドの線は36分と38分で二段跳ねし、60分のPKでもう一段上がって、そこから試合終了まで平らなままです。
90分で6本しか撃っていないので当然ですが、そのうち3本が得点になりました。
メキシコの線は逆で、後半に入ってから細かく刻みながら伸びていきます。
段差の小さい階段を、最後まで登り続けた形です。
そして最後の一段を登り切る前に、90分が終わりました。
この試合を読むための地図は3枚あります。
前半の98秒、54分の退場、そして20本の中身。
順に開いていきます。
前半の98秒で、試合の土台ができた
イングランドは前半、シュート3本で2得点しました。
枠内に飛んだのも3本ですから、枠を捉えた3本のうち2本が入った計算になります。

5ゴールの内訳。xGは「その位置から入る確率」、xGOTは「その枠内シュートの軌道なら入る確率」を示す。
36分の1点目は xG 0.35、38分の2点目は xG 0.37。
位置から見れば3回に1回入るかどうかの場面で、決まって当然の形ではありません。
ところが枠内のどこを射抜いたかまで加味した xGOT は、それぞれ 0.95 と 0.97 でした。
枠を捉えた時点で、ほぼ止められない場所にボールが置かれていたことになります。
1点目はイングランドのブカヨ・サカ、2点目は同じくハリー・ケインのパスから生まれ、どちらもベリンガムが仕上げました。
3回に1回の位置を、20回に19回入る一撃に変える。
その変換が2回続いたのが、36分から38分までの98秒間です。
メキシコの立場からすると、前半に許した決定機の数は多くありません。
決定機と数えられる場面は前半でメキシコ1・イングランド2、90分を通しても2対3です。
大きなチャンスの数そのものは、両チームでほとんど変わりませんでした。
差がついたのは、その数少ない場面をどう終わらせたかのほうです。
しかも前半、ピッチの上で押していたのはメキシコでした。
守備アクションの平均位置は31分から45分にかけて最も高くなり、この試合の全時間帯を通じた最大値になります。
高い位置でボールを奪いにいって、イングランドを自陣へ押し戻していた時間帯です。
前半のボックス内タッチも13対6でメキシコが上回りました。
その押し込みから、42分にメキシコが1点を返します。
決めたのはメキシコのフリアン・キニョネスで、形はセットプレーでした。
90分を通したメキシコのセットプレー由来の xG は 0.45 で、イングランドの 0.06 を大きく上回っています。
コーナーキックの数も12本対2本。
流れの中からこじ開けるより、止まったボールからのほうが、この日のメキシコはゴールに近づいていました。
前半45分をまとめると、押していたのはメキシコ、点を取ったのはイングランドです。
支配していたチームが2点のビハインドを背負ってロッカーへ戻る。
この時点で、試合の土台はもうできあがっていました。
54分から、別の試合が始まった
試合の性格を変えたのは、54分のジャレル・クアンサー(イングランド)の退場です。
イングランドはここから40分近くを10人で戦うことになりました。

54分の退場を境にした分割。メキシコのシュート20本のうち12本、ボックス内タッチの23回が退場後に出ている。
メキシコのシュート20本のうち、退場前は8本でした。
残る12本は、相手が10人になってからのものです。
敵陣ボックス内でボールに触れた回数も、退場前の15回に対して退場後は23回。
「メキシコの猛攻」と呼ばれた時間の大半は、数的優位のもとで積まれた数字だったことになります。
イングランドの側は、きれいに裏返っています。
退場前に4本撃っていたシュートは、退場後には2本まで減りました。
ボックス内タッチも9回から6回へ。
攻める意思をほぼ手放したことが、そのまま数字に出ています。
退場直後の交代が、その割り切りをよく表しています。
イングランドは56分、前線のサカを下げて最終ラインのジョン・ストーンズを送り出しました。
1人減った穴を、攻撃の枚数を削って埋めた形です。
その後の交代も73分と74分に守備的なカードを重ね、最後にケインを下げたのは89分でした。
沈んでいった青い線
守備位置の推移で見ると、この切り替わりはもっとはっきりします。

守備アクション平均位置の15分推移(自陣=0 → 敵陣=100)。イングランドは退場後、61-75分に24.4、76分以降は19.1まで下がった。
イングランドの守備アクションの平均位置は、61分から75分が 24.4、76分以降は 19.1。
ピッチを0から100で測って、自陣の5分の1より手前です。
チーム全体が自陣ペナルティエリアの周りで暮らしていた、と言っていい水準でした。
46分から60分の区間だけは 47.1 と高く出ています。
これは、この15分の前半にあたるまだ11人だった時間を含むためです。
折れ線の曲がり角が、そのまま試合の転換点を指しています。
メキシコの線は、逆の動きをしました。
前半は 48.1、49.8、59.6 と上がっていったのに、後半は 32.4、32.9、33.7 で横ばいのままです。
相手が自陣に引いたので、奪いにいく場所そのものが下がった、と読むのが素直だと思います。
押し込んでいるチームの守備位置は、相手が出てこなければ上げようがありません。
2点差に戻したPK
10人になって6分後の60分、ケインがPKを決めて 1-3 とします。
数的不利を、点差で買い戻した形です。
このPKの xG は 0.79 で、実際に決まった軌道の xGOT は 0.82 でした。
メキシコも同じ60分に2枚のカードを切り、69分にはメキシコのラウル・ヒメネスがPKを返して 2-3 とします。
ここから終盤まで、メキシコは10人のイングランドを押し込み続けました。
それでも、退場後にイングランドが与えた失点はこのPKの1点だけです。
10人の守備がどう凌いだのかは、地味な数字のほうに残っています。
イングランドのクリアは49本で、メキシコの13本の4倍近く。
シュートブロックは7本対0本でした。
メキシコの20本のうち7本は、枠に届く前に人に当たっています。
ボールもスペースも与えられているのに、ペナルティエリアの手前で足に当たって終わる。
それが後半のメキシコの、繰り返された景色でした。
1人多いことと、崩せることは同じではない。
相手が人数をかけて自陣に引くと、余った1人が使えるのは危険度の低い場所であることが多い。
メキシコの36分間は、その難しさをそのまま形にしていました。
20本と6本、差は本数ではなかった

シュートの質。1本あたりのxGはメキシコ 0.09、イングランド 0.27。枠内シュートの質(xGOT)は 1.82 対 2.98。
メキシコの20本を合計しても、xG は 1.88 にしかなりません。
1本あたりに直すと 0.09 です。
10回に1回入るかどうかのシュートを、20回積み上げた数字ということになります。
イングランドの6本は合計 1.61 で、1本あたり 0.27。
3倍近い濃さです。
本数では3分の1以下でも、期待値の合計ではほとんど並びました。
内訳に降りると、メキシコの薄さの正体が見えます。
20本のうち枠に飛んだのは5本、枠外が8本、人に当たったのが7本。
ペナルティエリアの外から撃った数が8本ありました。
PKを除いた19本で積んだ xG は 1.09 で、そこから生まれた得点は42分のセットプレーの1点だけです。
イングランドは6本のうち5本が枠に飛び、枠外は1本だけでした。
ペナルティエリアの外から撃ったのは2本です。
撃つ回数は少なくても、撃つときはゴールに近い場所から、枠へ飛ばしていました。
後半のメキシコの「量」も、いちど割っておきます。
後半のメキシコの xG は 1.44 ですが、このうち 0.79 はヒメネスのPKです。
PKを引くと、後半に撃った13本で積んだ期待値は 0.7 に届きません。
数的優位でボールとスペースを得ても、崩しの質が上がらなければ、増えるのは本数だけになります。
「決定力不足」で片づけていいのか
試合の後、メキシコには「1人多い時間に20本も撃って決めきれなかった」という評価が向けられました。
支配率67%、シュート20本、ボックス内タッチ37回。
この並びを見れば、決定力不足という言葉が出てくるのは自然だと思います。
ただ、数字はその言い方を支持しません。
メキシコは xG 1.88 から2点を取っています。
決定力が足りないチームの得点は、期待値を下回るはずです。
メキシコはむしろ、期待値どおりに決めていました。
問題は決めるところではなく、その手前にありました。
1本あたり 0.09 という薄さが示すとおり、決めるに値するチャンスがそもそも作れていません。
ボックス内タッチ37回という数字ほどには、危険なフィニッシュに届いていなかったのです。
では、チャンスの量そのものはどうだったのか。
両チームの全シュートの xG を「その確率で入るコイン」に見立てて、90分を1万回引き直してみます。

両チームの全シュートのxGを確率として1万回試行した90分の結果。試合状況(退場・リード)は考慮していない。
結果はメキシコ勝ち 41.9%、引き分け 29.0%、イングランド勝ち 29.1%。
生まれたシュートの量と質だけで見れば、勝つ確率が最も高かったのはメキシコでした。
得点の分布で見ても、メキシコが2点以上を取る確率は6割近くあります。
一方でイングランドが3点を取る確率は 13.7% で、この日の結果は分布の端のほうにありました。
ただし、この試算には大きな但し書きが要ります。
シミュレーションは退場もリードも点差も知りません。
実際のイングランドは前半のうちに2点を持ち、10人になってからは攻める必要のない試合を選びました。
6本という本数は、攻めあぐねた結果ではなく、攻めなかった結果でもあります。
だから、この敗戦を「自滅」と呼ぶのは正確ではないと思います。
メキシコはチャンスの質を作れず、イングランドは少ないチャンスを決め切って、その点差を10人で守り切った。
自分から崩れたのではなく、相手の効率と試合運びに競り負けた90分でした。
言い換えると、メキシコが持ち帰る宿題は、シューターの精度ではありません。
10人になった相手すら崩し切れなかった、その手前の設計のほうです。
9.18のベリンガムと、責められない敗者たち
この試合のマン・オブ・ザ・マッチはベリンガムでした。

採点上位8人。ベリンガムの9.18が頭ひとつ抜けている。
採点 9.18 は両チームの最高値で、2位のケイン 8.18 とも1点の差があります。
とはいえ、ボールに触れた回数は55回でチーム最多ではありません。
シュートも3本、xG は合計 0.73 です。
量ではなく、前半の2回のフィニッシュだけで試合を決めた90分でした。
ケインも1ゴール1アシストで採点 8.18。
89分までピッチに立ち、10人になってからのPKも沈めています。
得点と、得点をつくる仕事の両方に絡んだ試合でした。
一方のメキシコに、責められる選手は見当たりません。
ヒメネスはチーム最多の8本を撃って xG 1.18、PKを含めて1得点。
キニョネスは3本で1得点、採点 7.57 です。
チームで最も多くボールに触れたメキシコのロベルト・アルバラード(87タッチ)は、3回のチャンスをつくりました。
彼らは自分たちに来たものを決めています。
足りなかったのは、来たものの質のほうでした。
GKのラウル・ランヘル(メキシコ)には 5.51 という厳しい採点がつきました。
ただ、浴びた枠内5本の xGOT 合計は 2.98 で、失点は3。
枠内シュートの質から期待される数と、ほぼ同じです。
反対側のジョーダン・ピックフォード(イングランド)も、xGOT 1.82 に対して2失点でした。
どちらのGKも、この試合の勝敗を動かしてはいません。
動かしたのは、枠に飛んだ球の置きどころのほうでした。
まとめ
シュート20本対6本、支配率67対33。
数字の見た目ほど、この試合は一方的ではありませんでした。
前半の98秒でイングランドが2点を作り、54分の退場から試合は二つに割れました。
メキシコの20本のうち12本はその退場より後のもので、10人のイングランドは守備位置を 19.1 まで下げて、失点をPKの1点に抑えています。
そしてメキシコは、決定力が足りなかったのではなく、決めるに値するチャンスを作れませんでした。
「押しながら決めきれずに自滅した」という一行は、この90分には当てはまりません。
20本と6本の差は、本数ではなく1本の濃さと、試合の作り方のほうにありました。
メキシコのワールドカップは、アステカでラウンド16の幕を閉じます。
悔しさは残るはずですが、内容は一方的な完敗ではありませんでした。
次にメキシコの試合を見るときは、シュート数ではなく1本あたりの xG を追ってみてください。
この日の続きは、たぶんそこに出ます。
勝ち上がったイングランドは、準々決勝でノルウェーと当たります。
1人少ない40分近くを勝ち切ったチームが、次はどんな試合を選ぶのか。
そこも印象ではなく、数字で追いかけていきます。
データ:FotMob(xG・xGOT・チームスタッツ・シュート・採点)、WhoScored(イベントデータ)
対象:FIFAワールドカップ2026 ラウンド16 メキシコ 2-3 イングランド(2026年7月6日、エスタディオ・アステカ)。数字は特記のないかぎりこの1試合のもの
読み込んでいます…