雑記

フランス 2–0 モロッコ|ボールを持っていたのは、モロッコだった

W杯2026準々決勝、フランスがモロッコを2-0で下しました。ところが支配率もパス本数も上回っていたのはモロッコです。xG 3.69対0.14という一方通行と、最も入りにくい2本から生まれた2得点を、イベントデータで分解します。

目次

はじめに

準々決勝の一戦は、フランスの2-0で終わりました。
ハイライトを見た受け止めは、だいたい一致すると思います。
「フランスが順当に勝ち、モロッコも2点差でよく踏みとどまった」。

ところが数字を並べ直すと、座りの悪い一行が出てきます。
ボールを持っていたのは、0-2で負けたモロッコのほうでした。
支配率は52%で、パス本数もモロッコが上回っています。

それでいて、同じ90分のxG(ゴール期待値)は3.69対0.14でした。
持てたのに、何も起きなかった。
そのすれ違いがどこから来たのかを、順番にほどいていきます。

シュートは22本と5本、それでもスコアは2点差だった

まず全体の数字から。


基礎スタッツ。支配率とパス本数だけがモロッコ側に振れていて、あとはすべて反対に振り切れている。

シュートは22対5、枠内は8対1、敵陣ペナルティエリアでのタッチは28対8。
決定機と数えられる場面は、フランスが6でモロッコが0でした。
xGは3.69対0.14です。

この試合のxG差3.55は、今大会のここまで100試合のなかで3番目に大きい数字でした。
つまりこれは「強豪が格下を順当に退けた試合」ではありません。
記録の上では、大会でも指折りの一方通行です。
その一方通行が、2-0で終わっている。

前後半に割っても形は変わりません。
前半のxGは1.91対0.04、後半は1.77対0.10。
フランスはどちらの45分でも同じだけ作り、モロッコはどちらの45分でも作れませんでした。

xGの積み上がり方も見ておきます。


累積xGの推移。●がゴール、×が28分のPK失敗。オレンジの線は最後まで床を離れない。

フランスの線は開始4分から動き出し、そのまま90分ずっと登り続けます。
対してモロッコの線が最初に動くのは45分です。
前半のシュートは45分のハキミ(パリ・サンジェルマン)のフリーキック1本だけで、0分から44分まではゼロでした。

もうひとつ、この90分の外形を決めた数字を置いておきます。
GKのセーブ数は、フランスの1に対してモロッコが6。
働いていたゴールキーパーは、片方だけでした。

560本のパスは、どこへ行ったのか

この0.14は、モロッコの「いつも」ではない

先に確かめておきたいことがあります。
xG 0.14は、モロッコにとって普段どおりの数字なのか。


モロッコの大会6試合のxG。フランス戦の0.14だけが、明らかに別の水準にある。

モロッコはこの大会、グループリーグでブラジルと1-1(xG 1.37)、スコットランドに1-0(0.99)、ハイチに4-2(3.26)。
ラウンド32ではオランダと1-1(1.38)、ラウンド16ではカナダを3-0で下しています(0.78)。

フランス戦の前の5試合の平均xGは1.56で、それまでの最低はカナダ戦の0.78でした。
この夜の0.14は、その最低値のさらに5分の1以下です。

浴びたほうも同じでした。
それまで最も打たれたのはブラジル戦の1.26で、この夜の3.69はその3倍近くにあたります。

攻撃も守備も、大会6試合で最悪の90分だった。
「いつものモロッコが強豪に力負けした」より、「いつものモロッコではなかった」のほうが数字には近いと思います。

42%は、自陣で回されていた

では、ボールを持っていたモロッコは何をしていたのか。
両チームのパスを、出し手が立っていた位置でピッチ3分割して数えます。


パスの出し手の位置を3分割で集計したもの。総数はモロッコが多いのに、行き先がまるで違う。

モロッコの560本の内訳は、自陣3分の1が235本、中盤が221本、敵陣3分の1が104本です。
自陣の割合は42.0%でした。
フランスは518本で、自陣95本、中盤265本、敵陣158本。
自陣は18.3%、敵陣は30.5%です。

並べ替えるとこうなります。
モロッコはフランスより42本多くパスを回し、そのうえで敵陣で回したパスは54本少なかった。
支配率52%の正体はこれです。
モロッコはボールを保持していたのではなく、自陣で持たされていました。

敵陣には、入れていた

ただ「モロッコは自陣に押し込まれていた」と言い切ると、これも少し違います。

モロッコが相手陣内でボールに触った回数は251回あります。
フランスの393回より少ないとはいえ、ゼロではありません。
ハーフウェーラインを越えられなかったわけではないのです。

問題はその先でした。


両チームの相手陣内でのタッチ位置。攻撃方向は左から右。右のモロッコは、敵陣に入った痕跡はあるのにペナルティエリアの中だけが抜けている。

フランスの密度はペナルティエリアの手前から中へ広がっています。
モロッコは敵陣に入った痕跡があるのに、箱の中がぽっかり空いています。

数字もそう言っています。
敵陣ペナルティエリアでのタッチは28対8。
モロッコは251回も相手陣内でボールに触りながら、そのうちエリアの中まで持ち込めたのは90分で8回でした。
前半に限れば、たったの1回です。

ファイナルサードへの進入も、成功パスで数えるとフランスの49本に対してモロッコは23本。
しかもモロッコは左8・中央7・右8と、どのレーンからも同じように入れていません。
どこかを破れたのではなく、どこも破れなかったわけです。

「持たせた」のか、「持たされた」のか

ここは、数字だけでは決着がつかない場所です。

フランスの守備アクションの平均位置は40.5でした。
ピッチを0-100として測った数字で、彼らの大会平均39.4とほとんど変わりません。
特別に高い位置から襲いかかったわけではないのです。

ところが、敵陣3分の1での守備アクションは24回ありました。
大会平均の15回を6割上回っています。

一方で、プレス強度の目安になるPPDA(相手が自陣でパスを何本つなぐごとに、こちらが1回守備アクションを起こしたか。小さいほど強い)は16.8で、大会平均の14.5より悪くなっていました。

矛盾して見えますが、そうではありません。
PPDAは分数です。
分子であるモロッコの自陣のパス本数が異常に多ければ、分母にあたるフランスの敵陣での守備が平常より多くても、比のほうは悪くなります。
つまり16.8は「フランスのプレスが緩かった」ではなく、「モロッコが自陣で回し続けた」ことを映した数字でした。

それがモロッコの選択だったのか、フランスに強いられたのかまでは、数字は答えてくれません。
わかるのは、誰がどこで何をしたかまでです。
確実なのは、90分を通じてモロッコの攻撃がハーフウェーラインの先で止まり続けたことだけです。

もうひとつ、この時間の使われ方を見ておきます。
フランスの守備位置は、2-0とした66分以降に一気に下がりました。
15分ごとに区切ると、開始15分の49.6から44.6、40.4と落ちていき、76分以降は25.5まで沈みます。
彼らの大会平均39.4を大きく下回る低さです。
2点のリードを得たフランスは、自陣に引きました。

そして、その最も引いた15分間にモロッコが放ったシュートは3本、合計xGは0.07でした。
リードした側が引いてくれてもなお、届かなかった。
それがこの夜のモロッコの現在地です。

決めたのは、いちばん入らないはずの2本だった

上から6本を、きれいに落とした

視点をフランス側に移します。

xG 3.69で2得点。
この数字だけなら「まあ妥当」に見えるかもしれません。
ところがシュートを1本ずつ開くと、まったく違う光景が出てきます。


フランスの主要シュートと、その結末。上からxGの高い順に並べたもの。

最も大きかったのは28分、エムバペ(レアル・マドリード)のPKで0.79です。
5回蹴れば4回入る確率のボールを、ブヌー(アル・ヒラル)に正面で止められました。
次に大きい88分マテタ(クリスタル・パレス)のヘディングは0.65で、これは枠を外れています。
以下、56分のエムバペが0.48、4分のウパメカノ(バイエルン)のヘディングが0.44、35分のドゥエ(パリ・サンジェルマン)が0.33、90分のマテタが0.27と続きます。

このxG 0.2以上の6本は、合計で2.95。
確率としては、おおむね3点分のチャンスにあたります。
そして6本とも、1本も入りませんでした。

では、2点はどこから来たのか

ここがこの試合のいちばん面白いところだと思います。

先制点は60分のエムバペで、そのシュートのxGは0.05。
2点目は66分のデンベレ(パリ・サンジェルマン)で0.12です。
2本合わせても0.17にしかなりません。

つまりフランスは、最も入りにくい2本を決めて、最も入りやすい6本を外したことになります。
22本のうち、xGを下から数えたほうが早い2本だけがネットを揺らしました。

エムバペの先制点は、20回に1回と評価されたシュートです。
ここで枠内シュートの質を測るxGOTという指標を出します。
撃った位置の期待値ではなく、枠のどこへ飛んだかまで含めて得点確率を測ったものです。
この一本は、xG 0.05に対してxGOTが0.61でした。
与えられた確率のおよそ12倍の質で、コースに入っていたことになります。

デンベレの2点目も同じ型です。
xG 0.12に対してxGOTは0.53で、こちらは約4.4倍でした。

この2-0は「決定機を決めた」スコアではありません。
決定機を全部外したあとで、決定機ではない2本を決定機に変えたスコアです。

外した決定機の出どころ

もう一段だけ掘ります。
フランスのシュート22本を、生まれた状況で割ってみます。

流れの中が15本でxG合計1.56、総xGの42.3%。
コーナーキックが4本で1.19、32.2%。
残りはPKの1本(0.79)と、速攻の2本(0.15)でした。

フランスのxGのおよそ3分の1は、コーナーキックから出ています。
しかもその4本のうち2本が、この試合で2番目と4番目に大きい決定機でした。
88分マテタのヘディングと、4分ウパメカノのヘディングです。
どちらも入っていません。

なぜコーナーであれほど迫れたのかは、別の数字が説明します。
空中戦の勝率はフランスが92%で、12回競り勝ちました。
モロッコが空中で勝ったのは、90分でたった1回です。
前半に限れば6回競って6回とも、フランスが勝っています。

つまりフランスの攻撃には入口が2つありました。
流れの中の崩しと、ゴール前の高さです。
そして得点は、そのどちらの本命ルートでもないところから生まれました。

ついでに、この夜いちばん報われなかった選手を挙げておきます。
マテタです。
76分にピッチへ入り、出場はわずか13分。
その13分で、0.91ぶんのチャンスを与えられました。
88分のヘディングと、90分のシュートです。
どちらも決まらず、採点は6.37でした。

そして、ブヌーが残った

ここでセーブ数6対1が効いてきます。

ブヌーは28分のPKを止め、4分のウパメカノ、35分のドゥエ、90分のマテタのシュートも防いでいます。
彼が止めた4本には、この試合で最も大きい決定機と、4番目に大きい決定機が含まれていました。
そしてフランスが決めた2本は、どちらもブヌーに手の届かないコースへ飛んでいます。


採点上位10人。モロッコから唯一顔を出すのは、GKのブヌー。

採点表の上位10人のうち、モロッコの選手はただ一人です。
しかもゴールキーパー。
チームで最も高く評価された選手がGKであるという事実そのものが、その90分の要約になっている。
この夜のモロッコが、まさにそれでした。

「一度たりとも脅かさなかった」は本当か

試合後、仏メディアの『RTL』はこう書いたと報じられています。

「モロッコは何もできなかった」「一度たりともフランスを脅かすことはなかった」

勝った側のメディアによる、いささか手厳しい評です。
分けて確かめてみます。

「脅かさなかった」のほう

モロッコが90分で放ったシュートは、全部で5本でした。


モロッコの全シュート5本。最も大きいものでも xG 0.04にとどまる。

最も期待値が高かったのは、45分のハキミのフリーキックで0.04。
22回に1回入るかどうか、という数字です。
それがチーム最大の好機でした。
xG 0.05を超えるシュートが90分で1本もないというのは、記録として異様です。

決定機と数えられる場面は0、枠内シュートは1本、合計xGは0.14。
枠のどこへ飛んだかまで見たxGOTも、90分で0.04にとどまりました。

「一度たりとも脅かさなかった」は、修辞ではなく事実の記述だったことになります。

「何もできなかった」のほう

一方で、「何もできなかった」という言い方には、事実と合わない部分があります。

モロッコはボールを持っていました。
支配率52%、パス本数はフランスより多い。
相手陣内でのタッチも251回あります。

「何もできなかった」チームというのは、ふつう、ボールを持てずに押し込まれ続けたチームを指すと思います。
モロッコはそうではありません。
持てたのに、脅かせなかったのです。

この違いは小さくないと思います。
押し込まれて耐えるだけだったのなら、0-2はその戦い方が最後に破れた結果ということになります。
しかし数字が示すのは別の絵です。
モロッコはボールを持ち、敵陣にも入り、それでもペナルティエリアの中には8回しか到達できませんでした。
彼らが失っていたのは「守る力」ではなく、「攻める道」のほうでした。

だから、こう言い直すのが正確だと思います。
RTLは結論において正しく、理由の描き方において雑でした。
モロッコの90分は「何もできなかった」のではなく、「できることはやったのに、ペナルティエリアの中にだけ届かなかった」のです。

留保もつけておきます。
これはサンプル1試合の話です。
同じモロッコがラウンド16でカナダを3-0で下し、グループリーグではブラジルと引き分けています。
この夜の0.14をもって「モロッコとはこういうチームだ」とは語れません。
語れるのは、この夜のモロッコが大会の彼ら自身とすら別人だった、ということだけです。

PKを外した男が、20回に1回を決めた

この試合のマン・オブ・ザ・マッチはエムバペでした。
採点8.59は両チーム最高で、1ゴール1アシストの数字が並びます。

ただ、この採点はスタッツの足し算からは出てきません。
彼はこの試合、最大の決定機を外しているからです。

28分のPKはブヌーに正面で止められ、56分のシュートも枠を外れました。
この2本だけで、フランスは1.27ぶんの期待値を落としています。
平均的な決定力なら、彼ひとりで1点は取っている計算です。

ところが彼が実際に決めたのは、xG 0.05のシュートでした。

イベントを一つずつ数え直すと、この日のエムバペは77分の出場でパス32本、仕掛けが5回。
ボールを失った回数は1回だけで、全体としては派手な数字ではありません。
消えている時間のほうが長かった選手です。
そして90分のうち、たった1本、20回に1回のシュートを12倍の質でねじ込みました。

これが8.59という採点の正体だと思います。
PKを外し、決定機を外し、それでも試合を決めた。
この日のフランスの2得点はどちらも「入るはずのシュートは入らず、入らないはずのシュートが入る」型でしたが、その象徴が彼でした。

なお、この得点でエムバペのW杯通算得点は20点に達したと報じられています。

まとめ

スコアは2-0。
けれど中身はxG 3.69対0.14、シュート22対5、決定機6対0でした。
xG差3.55は今大会100試合で3番目という、大会でも指折りの一方通行です。

ボールを持っていたのはモロッコでした。
ただしそのパスの42.0%は自陣で回されたもので、敵陣ペナルティエリアに届いたのは90分で8回だけ。
この0.14は、彼らの大会6試合で最低の数字です。

フランスはxG 0.2以上の6本、合計2.95をすべて外し、得点は0.05と0.12の2本から生まれました。
エムバペの決勝点は、撃った位置の期待値の12倍の質で枠に飛んでいます。

「一度たりとも脅かさなかった」という評は、シュートの中身を見れば正しい。
ただし「何もできなかった」は違います。
モロッコは持てました。
持てたのに、最後のところへ入れなかった。

準決勝でフランスが迎えるのはスペインです。
この夜のフランスは、チャンスを作る力と決める力がはっきり噛み合っていませんでした。
モロッコ相手にはそれでも2-0で足りています。
決定機を6本外しても、相手のシュートが5本しかなければ勝てるからです。

同じ計算がスペイン相手にも成り立つかどうか。
準決勝で見るべきは、たぶんそこだと思います。


データ:FotMob(xG・xGOT・チームスタッツ・シュートマップ・採点)、WhoScored(イベントデータ)
対象:FIFAワールドカップ2026 準々決勝 フランス 2-0 モロッコ(2026年7月9日、ボストン)。比較はモロッコの大会6試合と、大会の終了100試合

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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